巨塔《バベル》

 ディアとティオが、西域セイイキを旅立って数カ月後、二人は北域ホクイキの街にいた。


「ディア、この街にあなたの探している人がいるの?」


 旅を始めたばかりの頃、ティオはこの世界の見るもの全てが珍しかった様で、ディアが目を離すと、すぐに何処かへと、いなくなってしまう事が、多々あった。その為、最近は人混みでは必ず、ディアと手を繋いで歩いている。


「えぇ、そうよ……。あなたと出会う少し前に貰った手紙の宛先に、この街の宿の名前が書かれていたから……えっと……」


 ディアは通りを歩きながら、流れていく看板を一つ一つ確かめる。


「ディア、その人ってそんなに強い人なの?」 

 

 ディアは少し口角をあげて、クスッと笑った。


「えぇ、とっても!」

 

 ティオはその笑った顔を見て、自分はまだディアの事を全然知らないな……。と思う。

 

「どれくらい?」


 ディアは下唇の下に、折り曲げた人差し指を当てて、少し考える。


「当時、私と互角に渡り合えた冒険者は、覚えている限りだと彼だけよ!」


 そう答えたディアは、また笑っている様に見えた。 


「そんなに!? 凄い!」


 ティオはその男に会うのが楽しみで、心が弾む。


「あっ! あった、あった、ここよ!」


 宿の主人に尋ねると、現在、彼は仕事中で外出しており、冒険者の養成所で、指導者として働いているとの事だった。


「ディア、どうする? 待つ?」

 

 そう質問するティオが、下から見上げたディアの顔は、鬼みたいな顔で、嬉しそうに笑っていた。


「いや……折角の機会だし、丁度いいわ! こっちから少し、お邪魔させて貰おうじゃない!」





 

 右足を踏み込み、大きく振り下ろす木剣の一撃を、同時に足を踏み込んで、下から目一杯、振り上げた木斧で迎撃する! 弾けた両者の得物の欠片が、場外の席に座って、紅茶で一服する、ティオのティーカップの中まで飛んで来る。


 また二振りの武器が砕け、ティオの隣に座って、その様子を見学していた、黒髪ポニーテールの美しい秘書の女性が、震える指先で眼鏡を持ち上げると、徐ろに立ち上がる。


「所長!! このままじゃ……訓練用の武器が全部無くなってしまいますよっ!!」


 鍔迫り合いをしながら、鬼の形相で額をぶつけ合い、ディアはとても楽しそうに笑っている。


「悪いな……団長……ここまでだ……。で、どうだった? 感想は?」


 男は剣を降ろし、見学していた生徒から、水を二つ受け取ると、一つをディアに渡す。


「いいじゃん! いいじゃん! 嬉しい誤算よ!」


 二人が水を飲んでいると、秘書の女性が手拭いを持って来る。


「正直、多少は衰えてると思ってたから! だって、ジェイドってもう……おっさんでしょ?」


 ディアは片手で指差しながら、目尻を下げた馬鹿にした表情で、口元を隠して笑うポーズをして見せる。


「うるせーよ! ディア! 俺はまだ、ギリギリ三十九だ!」


 ジェイドはそう言って詰め寄り、額を近づける。 


「あ〜ら、私はまだ二十六よ? 今がピッチピチの全盛期なんだから!」


 そう言うと、ディアは腰をくねらせ、セクシーなポーズで誘惑する……。


「まぁ……少なくとも、乳はデカくなったみたいだな……」


 ジェイドが、伸びた鼻を手で隠しながらそう呟くと、隣にいた秘書のシレーネに頭を叩かれる。


「えぇ~っ!! ディアって、そんなに若かったの〜!?」


 訓練が終わり、駆け寄って来たティオが驚きの声を上げる。


「あら〜? ティオは私がもっと、おばさんだと思ってたの〜?」


 ディアはしゃがんで、ティオと目線を合わせ、からかう様に質問する。  


「だって……十年前に団長をやっていたって、そう話していたから、女性に歳を聞くのは失礼だと思って……」

 

 ディアは、困った顔をするティオの頭を撫でて、冗談だと謝る。


「嬢ちゃん、団長は当時、最後に別れた時点で、まだ十六だったんだぜ! 俺達、人間とは違って、ドワーフは若い時から力が強いからな! まっ、その中でも団長は、特別だったけどな……。なんせ当時、史上最年少で巨塔バベルに入った冒険者の一人だからな!」


 誇らしげにディアの事を話すジェイドを見て、ティオは、二人は本当に信頼し合っているのだな……。と感じた。


「冒険者の一人……。じゃあ、アレスとディアって、もしかして……」


 ジェイドの言葉で、ティオは一つの事実に気付いた。


「えぇ、私達は双子の姉弟よ」






「エヴァン……! 悪いが留守の間、養成所の事は頼んだぞ……!」


 ジェイドは街の門の外で、見送りに来た秘書のシレーネと、息子で、養成所の副所長のエヴァンに別れを告げる。


「父さん! 養成所の事は心配しないで下さい! それと、ディアさん! 父の事を頼みます!」


 エヴァンは二十一とまだ若いが、十年前、ジェイドが作った養成所で設立当初から、英才教育を受けた相当の手練である。


「エヴァン! 行ってくる!」


 最後にもう一度、ジェイドがそう言うと、ディア達は歩き出す、ティオはエヴァン達が見えなくなるまで、後ろを向いて手を振り続けた。


「ディア? 次はどうするの?」


 見送りが見えなくなった頃、前を向いたティオが尋ねる。


「そうね……。あとは誰か……盾役と、巨塔バベルを上るには優秀な斥候が必要なの、あそこには危険な罠なんかも、沢山、仕掛けられているから……。でも、大丈夫よ! 優秀な人材が、一人いるから!」


 ディアは自信に満ちた表情でそう言うと、後ろを歩く、ジェイドの方を向いた。


「その事だが……団長……あの人はもう……」






 数カ月後、東域トウイキの小さな村の外れにある一軒家。


「団長……! ここだ……!」


 ノックをし、質素な作りの木造家屋の扉を開けると、左手の部屋の奥に、ベッドに横になった衰弱した男と、彼に寄り添う妻の姿があった……。


「あぁ……? 俺は……夢を……見てるのか……?」


 部屋に入ると、ジェイドは深々と頭を下げて、挨拶する。


「あぁっ……。そんな……すまない……スペクト……。私……知らなくて……」


 ディアはスペクトの手を握り、ベッドの下に崩れ落ちて、泣いた……。


「いいんだ……。俺がジェイドに、死ぬまでは、団長に伝えないでくれと言っていた……。アンタにはこんなダサい姿、見せたくなかったんだがな……」


 そう言うと、スペクトは周りを見回して、ティオに気付くと不思議そうな顔をする。


「それにしても……突然、驚いたな……。何だか知らない嬢ちゃんもいるが……いったいどうしたんだ……?」


 ジェイドとティオが、これまでの経緯とここへ来た目的を語って聞かせた。


「そうかい……。死ぬ前にとんでもない事実が聞けて、嬉しかったぜ!」






 時が経ち、家の中には、働きに出ていたスペクトの子供達が帰っていた。


「姉のルティナと弟のリュードだ! 団長、アンタと同じ双子だ! 歳もアンタら姉弟と、そう変わらないんだぜ!」


 家に帰って来て、最初、ディアを見た時、二人はとても興奮して、落ち着いて話せなかったが、やっと静かに話せるようになっていた。


「二人とも……俺が団長達の武勇伝を聞かせ続けたせいで、アンタ達に憧れちまってな……」


 そう言うと、スペクトは二人をベッドの側に呼び寄せ、立たせた……。


「姉のルティナには、俺の斥候としての技術を、全て伝授してある……。当時の俺よりも若いが、遥かに優秀だ……」


 ルティナは、自信に満ちた表情で笑って見せた。


「弟のリュードは、団長、アンタの弟に憧れちまってよ……。当時、戦闘で、俺がアンタ達の役に立てなかった悔しさもあって、盾役としてみっちり鍛えてやった。成人してからは、ジェイドに預けていた時期もあったからな……見た目は大人しいが……戦闘になれば、手前味噌だが、エヴァンよりも強いぞ!!」


 スペクトはそう言うと、ジェイドを横目で見てほくそ笑む。


「団長! 二人を頼んだぜ!!」








「やれやれ……。久しぶりですね……。団長……」


 風の吹く丘の上に立つ大木の下で、五人の男女が空を見上げる。


「えぇ……。まさか、またここへ帰って来る事になるとはね……。ただいま! 巨塔バベル!」


 その背後には、なつかしい面影が微笑む。


「皆さん! どうぞよろしくお願いします!」


 ティオが元気良く挨拶する。


「ティオさんの事は……僕が……絶対に守ります!」


 リュードが、緊張しながら宣言したのが、まるで告白の様に聞こえて、一同が笑い出した。


「アンタ……もしかして……ティオさんに気があるの……?」


 すかさず、姉のルティナがツッコミを入れて、追い打ちをかけると、リュードは顔を赤くして縮こまる。


「それじゃあ、行くね……。アレス……。約束を果たす為に……」


 ディアの隣で、手を伸ばすティオが微笑む……。


「行こう! ディア!」


 ティオがそう言うと、二人は手を繋ぎ、巨塔バベルに向かって、皆と歩き出した……。

































……行ってらっしゃい……姉さん……












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戦斧✕戦姫ーBATTLE A✕E PRINCESSー 小桜八重 @kozakura-yae

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