巨塔《バベル》
ディアとティオが、
「ディア、この街にあなたの探している人がいるの?」
旅を始めたばかりの頃、ティオはこの世界の見るもの全てが珍しかった様で、ディアが目を離すと、すぐに何処かへと、いなくなってしまう事が、多々あった。その為、最近は人混みでは必ず、ディアと手を繋いで歩いている。
「えぇ、そうよ……。あなたと出会う少し前に貰った手紙の宛先に、この街の宿の名前が書かれていたから……えっと……」
ディアは通りを歩きながら、流れていく看板を一つ一つ確かめる。
「ディア、その人ってそんなに強い人なの?」
ディアは少し口角をあげて、クスッと笑った。
「えぇ、とっても!」
ティオはその笑った顔を見て、自分はまだディアの事を全然知らないな……。と思う。
「どれくらい?」
ディアは下唇の下に、折り曲げた人差し指を当てて、少し考える。
「当時、私と互角に渡り合えた冒険者は、覚えている限りだと彼だけよ!」
そう答えたディアは、また笑っている様に見えた。
「そんなに!? 凄い!」
ティオはその男に会うのが楽しみで、心が弾む。
「あっ! あった、あった、ここよ!」
宿の主人に尋ねると、現在、彼は仕事中で外出しており、冒険者の養成所で、指導者として働いているとの事だった。
「ディア、どうする? 待つ?」
そう質問するティオが、下から見上げたディアの顔は、鬼みたいな顔で、嬉しそうに笑っていた。
「いや……折角の機会だし、丁度いいわ! こっちから少し、お邪魔させて貰おうじゃない!」
右足を踏み込み、大きく振り下ろす木剣の一撃を、同時に足を踏み込んで、下から目一杯、振り上げた木斧で迎撃する! 弾けた両者の得物の欠片が、場外の席に座って、紅茶で一服する、ティオのティーカップの中まで飛んで来る。
また二振りの武器が砕け、ティオの隣に座って、その様子を見学していた、黒髪ポニーテールの美しい秘書の女性が、震える指先で眼鏡を持ち上げると、徐ろに立ち上がる。
「所長!! このままじゃ……訓練用の武器が全部無くなってしまいますよっ!!」
鍔迫り合いをしながら、鬼の形相で額をぶつけ合い、ディアはとても楽しそうに笑っている。
「悪いな……団長……ここまでだ……。で、どうだった? 感想は?」
男は剣を降ろし、見学していた生徒から、水を二つ受け取ると、一つをディアに渡す。
「いいじゃん! いいじゃん! 嬉しい誤算よ!」
二人が水を飲んでいると、秘書の女性が手拭いを持って来る。
「正直、多少は衰えてると思ってたから! だって、ジェイドってもう……おっさんでしょ?」
ディアは片手で指差しながら、目尻を下げた馬鹿にした表情で、口元を隠して笑うポーズをして見せる。
「うるせーよ! ディア! 俺はまだ、ギリギリ三十九だ!」
ジェイドはそう言って詰め寄り、額を近づける。
「あ〜ら、私はまだ二十六よ? 今がピッチピチの全盛期なんだから!」
そう言うと、ディアは腰をくねらせ、セクシーなポーズで誘惑する……。
「まぁ……少なくとも、乳はデカくなったみたいだな……」
ジェイドが、伸びた鼻を手で隠しながらそう呟くと、隣にいた秘書のシレーネに頭を叩かれる。
「えぇ~っ!! ディアって、そんなに若かったの〜!?」
訓練が終わり、駆け寄って来たティオが驚きの声を上げる。
「あら〜? ティオは私がもっと、おばさんだと思ってたの〜?」
ディアはしゃがんで、ティオと目線を合わせ、からかう様に質問する。
「だって……十年前に団長をやっていたって、そう話していたから、女性に歳を聞くのは失礼だと思って……」
ディアは、困った顔をするティオの頭を撫でて、冗談だと謝る。
「嬢ちゃん、団長は当時、最後に別れた時点で、まだ十六だったんだぜ! 俺達、人間とは違って、ドワーフは若い時から力が強いからな! まっ、その中でも団長は、特別だったけどな……。なんせ当時、史上最年少で
誇らしげにディアの事を話すジェイドを見て、ティオは、二人は本当に信頼し合っているのだな……。と感じた。
「冒険者の一人……。じゃあ、アレスとディアって、もしかして……」
ジェイドの言葉で、ティオは一つの事実に気付いた。
「えぇ、私達は双子の姉弟よ」
「エヴァン……! 悪いが留守の間、養成所の事は頼んだぞ……!」
ジェイドは街の門の外で、見送りに来た秘書のシレーネと、息子で、養成所の副所長のエヴァンに別れを告げる。
「父さん! 養成所の事は心配しないで下さい! それと、ディアさん! 父の事を頼みます!」
エヴァンは二十一とまだ若いが、十年前、ジェイドが作った養成所で設立当初から、英才教育を受けた相当の手練である。
「エヴァン! 行ってくる!」
最後にもう一度、ジェイドがそう言うと、ディア達は歩き出す、ティオはエヴァン達が見えなくなるまで、後ろを向いて手を振り続けた。
「ディア? 次はどうするの?」
見送りが見えなくなった頃、前を向いたティオが尋ねる。
「そうね……。あとは誰か……盾役と、
ディアは自信に満ちた表情でそう言うと、後ろを歩く、ジェイドの方を向いた。
「その事だが……団長……あの人はもう……」
数カ月後、
「団長……! ここだ……!」
ノックをし、質素な作りの木造家屋の扉を開けると、左手の部屋の奥に、ベッドに横になった衰弱した男と、彼に寄り添う妻の姿があった……。
「あぁ……? 俺は……夢を……見てるのか……?」
部屋に入ると、ジェイドは深々と頭を下げて、挨拶する。
「あぁっ……。そんな……すまない……スペクト……。私……知らなくて……」
ディアはスペクトの手を握り、ベッドの下に崩れ落ちて、泣いた……。
「いいんだ……。俺がジェイドに、死ぬまでは、団長に伝えないでくれと言っていた……。アンタにはこんなダサい姿、見せたくなかったんだがな……」
そう言うと、スペクトは周りを見回して、ティオに気付くと不思議そうな顔をする。
「それにしても……突然、驚いたな……。何だか知らない嬢ちゃんもいるが……いったいどうしたんだ……?」
ジェイドとティオが、これまでの経緯とここへ来た目的を語って聞かせた。
「そうかい……。死ぬ前にとんでもない事実が聞けて、嬉しかったぜ!」
時が経ち、家の中には、働きに出ていたスペクトの子供達が帰っていた。
「姉のルティナと弟のリュードだ! 団長、アンタと同じ双子だ! 歳もアンタら姉弟と、そう変わらないんだぜ!」
家に帰って来て、最初、ディアを見た時、二人はとても興奮して、落ち着いて話せなかったが、やっと静かに話せるようになっていた。
「二人とも……俺が団長達の武勇伝を聞かせ続けたせいで、アンタ達に憧れちまってな……」
そう言うと、スペクトは二人をベッドの側に呼び寄せ、立たせた……。
「姉のルティナには、俺の斥候としての技術を、全て伝授してある……。当時の俺よりも若いが、遥かに優秀だ……」
ルティナは、自信に満ちた表情で笑って見せた。
「弟のリュードは、団長、アンタの弟に憧れちまってよ……。当時、戦闘で、俺がアンタ達の役に立てなかった悔しさもあって、盾役としてみっちり鍛えてやった。成人してからは、ジェイドに預けていた時期もあったからな……見た目は大人しいが……戦闘になれば、手前味噌だが、エヴァンよりも強いぞ!!」
スペクトはそう言うと、ジェイドを横目で見てほくそ笑む。
「団長! 二人を頼んだぜ!!」
「やれやれ……。久しぶりですね……。団長……」
風の吹く丘の上に立つ大木の下で、五人の男女が空を見上げる。
「えぇ……。まさか、またここへ帰って来る事になるとはね……。ただいま!
その背後には、なつかしい面影が微笑む。
「皆さん! どうぞよろしくお願いします!」
ティオが元気良く挨拶する。
「ティオさんの事は……僕が……絶対に守ります!」
リュードが、緊張しながら宣言したのが、まるで告白の様に聞こえて、一同が笑い出した。
「アンタ……もしかして……ティオさんに気があるの……?」
すかさず、姉のルティナがツッコミを入れて、追い打ちをかけると、リュードは顔を赤くして縮こまる。
「それじゃあ、行くね……。アレス……。約束を果たす為に……」
ディアの隣で、手を伸ばすティオが微笑む……。
「行こう! ディア!」
ティオがそう言うと、二人は手を繋ぎ、
……行ってらっしゃい……姉さん……
戦斧✕戦姫ーBATTLE A✕E PRINCESSー 小桜八重 @kozakura-yae
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます