第14話

「先に入ってるよー!」


そこにいたのは綺麗な女の人だった。



“山田”…



「おう、今行くわ」


そう応えてまたすぐにこちらへと向き直った“その人”改め山田に、その名前を頭の中で何度も何度も復唱していた私は思わず目を逸らしてしまった。



「…助けてやったのに…礼くらい言えや」



それは内心舞い上がっている今の私が聞くにはあまりに低く、それからあまりに冷たい声だった。


唖然としつつそちらを見た時には山田はすでに私に背を向けていて、そのままコンビニの中に入りさっきの女の人の元へと向かって行った。


女の人は笑いながら山田に何かを言っていて、それに山田も笑いながら何か言葉を返していた。



そんな風に笑うんだ…


女の人は山田に何と話しかけているんだろう。


あの人は声が出るんだなぁ…



そんな当たり前のことを思っていれば、ずっと握りしめていた携帯がブブッと震えた。


それはお姉ちゃんからのメッセージで、『遅いけど何かあったわけじゃないよね!?』という心配のラインだった。



…帰ろう。



『ごめん、部活だった。今から帰るよ』と返信し、私は自転車に乗ってコンビニを後にした。




“助けてやったのに…礼くらい言えや”



自転車で家を目指す約二十分の間、ひたすらあの言葉が私の頭の中で繰り返された。


ついさっき言われたばかりだから、その言い方も雰囲気も再現性がかなり高い。


だから、キツい。



…私としたことが。


ああいうのを想定することくらい、慣れっこの私ならできたはずなのに。


メモ帳やボールペンなんて、常に持ち歩いていたって大事な場面で使えなければ何の意味もない。


だけど知れたこともある。


声に醸し出す空気、それから雰囲気、



そして、“山田”。



普通って言ったら失礼かもしれないけれど、まさかそんな平凡な苗字をしているなんて思いもしなかったな。


イメージでは五十嵐とか長谷川とか金城とか…


あぁ、でも不思議だ。



もう山田以外しっくりこない。



出だしとしては中々最悪な結果になりそれなりに落ち込んだ私だけれど、家に着く頃には案外私のメンタルは通常運転を取り戻していた。


たしかに私の第一印象は良くなかったと思うけれど、遠くから見ていたこれまでよりは大きく前に進んだ気がする。


諦めるにはまだ早い。

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あのね しんのすけ @sinno

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