第2話 …………ああっ、もう!

葉蔵堂はくらどう書店』……あった。


 ふむ、駅の西口から仲通り商店街を抜ける感じか。で、信号を渡って右に曲がる、と。そこからは真っすぐ歩いて10分でご到着ってとこか。


「検索しました。今説明しますね」

「あら、もう?! 私もスマホで検索してこの駅に来たんだけれど辿り付けなくって」

「違う駅から来たのなら仕方ないですよ。ええと、この改札から西口に出て右斜め前に進むと大きな仲通りがあるんです。こっちですね」


 西口に指を向ける。何故道に迷うほど歩いて起点の駅の改札にいるのだろうか、などというツッコミを入れてはいけないのだろう。


「あら、反対方向に行ってた! おかしいわねえ……ちゃんとナビ通りに歩いてたはずなのに」


 何故ナビ通りに歩(略)……ああ、でも最近のナビは昔と比べて表示も高性能になったからなあ。見やすいけど操作を間違えると自分の立ち位置さえ分からなくなる。


「ナビは便利ですけど一旦道を外れてしまうと結構混乱しちゃいますよね、分かります。で、続きなんですけど……仲通りを抜けたら信号を渡って右に曲がると後は真っすぐ進めばお目当ての書店に着くみたいですよ」


 ……大丈夫かなあ。


 ふわりとした笑顔、ゆっくりとした話し方は何となく桜姉ちゃんに似ている。だからさっきから落ち着かないのかもしれない。


 だけど、別人だ。それにこの人はいい大人だ。余計なお節介を好まないかもしれないし焼く必要もない。第一たかだか歩いて10分20分の場所にある店ならどんなに道に迷ったとこでたかが知れてる、ほっとけ。


 ………ほっとけって!


「もしよかったらナビをセットしましょうか?」


 あかん、止まらん。

 今日の私はどうしたっていうんだ?

 

「あらあら、ごめんなさいね。助かっちゃう」

「じゃあスマホ、お借りしますね。ナビ画面を見せて貰えますか?」

「さっきの画面ね……はい、お願いします」


 こうなったら仕方がない、乗り掛かった舟だ。はい、『葉蔵堂書店』、徒歩、ナビ開始、音声、ポチポチポチっと……よし。


「できました。あとはナビに従って歩いてください。少しくらい間違ってもナビがその都度修正した案内をしてくれますから」

「よかった~! 予約した本がやっと買えるから、少し浮足立ってしまったのかしら。いい大人が迷子だなんて恥ずかしい。恩に切ります」

「あはは、何となくわかります。では、お気をつけて」


 深々と頭を下げるおば様に、同じように頭を下げて見送る。


 颯爽と歩き出した背中と軽い足取りは、まるで喜びが滲み出ているようだ。まあ、何にしてもお節介はここまで。お疲れさん。あーあ、柄にもないことをしたもんだ。


 ……ん?

 おば様、キョロキョロしてる。


 そこから右斜め前に進むんですよー、ナビ見て音声案内聞いてれば大丈夫ですよ。まずは落ち着いて、手に持ったスマホとにらめっこしましょうか。


 はい、そっちは左ですね。直角に左に歩いていかれましたね。きっと道に迷ったのはナビが活かせてない以上に、筋金入りの方向音痴という可能性がありますね。


 …………ああっ、もう!

 本当にそっくりだよ!

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【カクヨムコン10短編】お前の命はこのあたしが、指先ひとつたりとも明日に届かせやしない。 マクスウェルの仔猫 @majikaru1124

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