【カクヨムコン10短編】お前の命はこのあたしが、指先ひとつたりとも明日に届かせやしない。

マクスウェルの仔猫

第1話 時が解決してくれるような安っぽい憎しみなんざ持ち合わせちゃいないんでな。

 はあ、疲れた。帰りの電車も何か混んでたし……って週末だから当たり前か。たまには気晴らしに駅ビルでも覗いて買い物でもしてくかな。


 今日も忙しかった。


 全国の部署からシステムの事で毎日毎日同じような内容の質問がメールでくるけど、何で似たような質問ばっかりなんだろ。ひどい時には同じ質問に答えた事のある部署の違う人から全くもって同じ質問が飛んでくる。


報連相ほうれんそう』を知らないのかいな?


 とは言っても社内サポートが私達の仕事だし、困ってるんだろうなあと思うと一件一件向き合わざるを得ない。


 解決して『ありがとう!』『助かりました~』の言葉が嬉しいからっていうのもあるし、難しい案件ほどクローズした時の達成感が半端ない。だから周りのみんなも私もブツブツ言いながらいつも本気だ。


 そう言えば今日の朝イチの案件はひどかった。メールの件名と本文に『業務ができない』のひと言だけ。みんなで共有BOXを見た瞬間にお地蔵さんのように固まったっけ。


 いや何の業務をしようとしてて貴方は何に困ってて私達にどうしろと?(笑)


 まあやり取りをしていくうちに詳しい事がわかって、業務システムのログインパスワードを勘違いしてて3回間違えてロックがかかったからどうしたらいい、という話だった。最初からそうやって書けえ!


 でも午前中には解決まで持っていけたし、心の籠ったお礼を言われたから良しとしておこう。私、意外と対人の仕事、好きなのかもしれない。人見知りで引っ込み思案だったのに不思議なもんだ。


 ……桜姉ちゃんがいなかったら、こんな私なんてきっといなかっただろうに。引っ込み思案で人見知りだった私を変えてくれた姉ちゃん。


 ねえ、会いたいよ。



『サチはさ、自分の笑った顔見たことある?』

『……見たくない、キモい』

『可愛いのに~。ほら、見て見て! サチが猫見つけて、「君はどっから来たのかニャ?」って言ってる動画! にっこにこだよ?』

『ふぐあっ?!』

『笑顔、みんなにも見せてあげればいいのに』



 気がついたら桜姉ちゃんのペースに巻き込まれててさ。どんな時でもいっぱいいっぱいアドバイスくれたよね。いつも私の目線を、気持ちを前に向かせようとしてくれてた。


 嫌じゃなかったよ。嬉しかったよ。あの頃はキッカケが無くて照れくさくって言えなかったけど、いつか言おうと思ってた。






” 桜姉ちゃんのおかげで、私こんなに変われたんだよ? 本当に本当にありがとう! ”






 どうして私はいつか、と先延ばしにした?

 なぜ思った時に、感じたままに言わなかった?


 要するに、変わらぬ明日が必ずやってくるなんて信じていた私が心の底から馬鹿だっという事だ。



『消して! 消して! いやスマホ貸して!』

『やーだー。消したら怒るー』

『怒りたいのは私だあ! 肖像権、個人情報!』

『このサチの笑顔も可愛い。宝物。みんなにこういうサチのいいところをいっぱい見せないと!』

『……ないから見せれないんだけど?』

『またそんなこと言ってー。無理はしなくていいの。まずはおはよう、からでいいんだよ? 新学期は自分を変えるチャンスなんだから』



 結局は桜姉ちゃんのアドバイスの数々を胸に、中二の新学期に勇気を出して挨拶から始めたら劇的に変わったよね、世界が。冗談じゃなくて、真面目にビフォーアフター。


 それから友達が一気に増えた。中学、高校の途中までは友達といっぱい遊んで楽しい事ばっかりだったなあ。……その友達もみんな私のもとから去ってしまったけれど。


 私のやる事を理解されなくても、離れていくとしても仕方のない事だと思う。周りの事など考えられる余裕がなかった。ある筈もなかった。


 それでも社会に出てからは、良くも悪くも目立たないように立ち回るすべを少しずつ身につけた。悪意も善意も受け取らないように、ひっそりと生きていく術が必要だった。


 ぐつぐつと感情を煮えたぎらせたまま。

 全身を差し込んで転げ回りながら。


 今でも手掛かりを、探し続けている。


 時が解決してくれるような安っぽい憎しみなんざ持ち合わせちゃいないんでな。


 おっと危ない、化けの皮化けの皮……


「あの……すみません」


 ん?


 振り返る。

 ウチのお母さんくらいの女性がいる。


 なんだべさ。


「『葉蔵堂はくらどう書店』っていう本屋さんがこの辺りにあるって聞いたんですが、道に迷ってしまって……」


『葉蔵堂書店』? 聞いたことがないな。目の前の駅ビルは大手チェーンの書店が二つあるけどもそんな名前じゃないはずだ。


 ……スマホスマホっと。


「そうなんですね。ごめんなさい……私もその書店は知らないですけど、ちょっと調べてみましょうか」

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