第3話警戒するオリヴィアとヒロイン(?)の初対面②


 そして、遂にその時が来た。


 司会が私たちを呼ぶ声に、生徒会の面々は一斉に立ち上がり、ラインハルトを先頭に舞台の中心へと歩みを進める。

 その途端、新入生たちから黄色い歓声と羨望の眼差しを受ける。


 メンバーはラインハルトを筆頭とした見目麗しい者達や、優秀だと噂される人物ばかりなのだ。

 その中には私のことを話題に挙げている声も聞こえてくる。


 おそらく私に未だ婚約者がいないことが関係しているだろう。


 ……いや、本当はいたのだ。

 けれど、一人目は真実の愛を見つけたと相手の女性と駆け落ちし破談に、二人目はソファで浮気相手と睦み合うところを目撃して破談に、三人目は嫌がるレティシアに無理やり手を出そうとしているところに遭遇して破談になった。


 私としては、婚約者としてある程度交流をしてきていたと思っていたから、一人目の時はショックだった。けれど、二人目、三人目となるにつれ、ああ、またかという諦めの気持ちの方が強くなった。

 全てあちら側有責で婚約破棄されたのだが、両親から一応四人目の婚約者は今度こそまともな人を選ぶつもりたが、私の方でも卒業までに探してみてほしいとも言われていた。

 しかし、いくら私が公爵家の跡取りだといっても、三人もの婚約者とうまくいかないなんて、私自身に瑕疵があるのではと陰で噂されていた。


 おそらくこの見た目も原因なんだと思う。

 常に感情が読めず、黙っていると冷淡に見えると言われ、ついたあだ名は『氷姫』。

 いなくなった婚約者達も、あの氷のような視線にやられて心が氷漬けになったから他の女性の元へ走ったんだと噂が回るほど。


 こんな状態で自分で見つけろというのも無茶な話だけど、せめてフォルダン家の益になる相手を見つけないとと思っている。


 けれど、私は最終学年になったにもかかわらず、まだ誰も選んでいなかった。

 

 一番の理由は、やはりゲームヒロインマリアの存在だ。

 彼女が私たちの破滅の未来への引き金にならないと断言できないし、実際にラインハルトがマリアと接触した時にレティシアへの愛情が揺らがず、ヒロインに傾倒しないと確信を持てないと、結婚どころか公爵家がなくなる。

 そうならない未来を手に入れられると確信できて、はじめて私は自分のことを考える余裕ができる。


 私の事情をよくご存じのラインハルトは、新入生に向けたキラキラ王子様スマイルを崩さないままに──実のところその微笑みはある一人の令嬢に向けられたものだが──小さく唇を動かした。


「で、この中に君の愛しい人は見つかりそうか?」


「そうですね、せめて結婚までは浮気を我慢できる相手を希望したいものです」


「悲しいことを言うな。きっと君が幸せになれる相手が見つかるさ。だが何にせよ、早く選ばねばいけないな。条件の良い人間はすぐに婚約者が決まる。いざとなったら私がレイリーを推挙してやろう。浮気はしないだろうし、身内のひいき目から見てもあれは良い男だ」


「それはさすがに我が公爵家の力が強くなりすぎると反対されます。それに腹黒は好みではありません」


 レイリーは攻略対象に選ばれるだけあってイケメンだし、ラインハルトに負けず劣らず優秀だ。おまけにファンの人気投票では一位だった。


 確かに顔立ちはラインハルトを柔らかくした優しい容貌の美少年だし、能力的にも問題ない。

 だが、今私たちの後ろで一見無害そうな笑顔を皆に振りまいているが、その裏で色々と暗躍して敵を容赦なく屠る姿に、サイコパスの暗黒神とファンの間で言われた男だ。

 リアルでサイコパスな暗黒神が旦那様だなんて嫌に決まってる。


 それに彼がゲーム通りであるなら、フォルダン家に婿入りは絶対にありえない。


 しかしラインハルトの言う通り、将来性のある人間や能力の高い者は婚約者が割と早く決まりやすいのも事実。

 なら今キラキラした瞳で私たちを見つめている学生の中から、適した人材を探し出して婚約の申し出をする可能性も高いかもしれない。


 が、目下のところ最も重要なのは、これから現れるであろうヒロインだ。


 ラインハルトが舞台の真ん中に置かれた演説台の前に立つ。

 そして皆が静まったところで、彼が初めの言葉を口にしようとしたその瞬間────。


「すみません、寝坊しましたーっ!!!」


 ラインハルトの言葉を聞き洩らさないようしんとした講堂内に、乱雑に開けられた扉の音と、焦りをのせた少しだけ低めの声で放たれた、この場にはあまりにも場違いな台詞はよく響き渡った。


 全ての人間が声の主の方へ目線を向けると、そこにはゲームと同じ見た目をした人物が立っていた。


 講堂の窓から差し込む日の光が当たってキラキラ反射するピンクの髪は、ゲームとは違いショートだが、それが彼女の愛らしさを逆に際立たせていた。

 庇護欲を掻き立てられる水色の大きな瞳は、女である私ですらドキリとさせられる。走ってきたのだろう、ゼーハーと荒く息をつく様に、思わず駆け寄りたくなる衝動に駆られそうだ。


 ────できれば私が乙女ゲームの世界だと思っているこの思想自体が、私が作り出した幻想であればよかったと何度思ったことか。

 彼女の存在がこの世界にあると知った時も、どこか希望は捨てていなかった。


 だが、淡い希望はものの見事に粉々に砕け散る。


 ゲームのヒロインは、ゲームと全く同じ登場の仕方で、遂に私たちの前に姿を現したのだ。


 突然すぎる予期せぬ侵入者に、誰も何も言えないままだった。


 それはラインハルトも同じで、非常事態でも上手に物事を切り抜ける才を持つ彼ですら、言葉を失い一瞬戸惑ったようにヒロインを見つめている。


 だがゲームと同じく、ヒロインマリアは何とも言えない空気の中をものともせず、ひょいと軽やかに足を進めると、一年生たちの席の中に唯一あった空席を見つけ、そこが自分の席だと確信したのか迷わず進み、そして座った。


 私は再びラインハルトに目を向ける。


 ヒロインとの初対面だ。ゲームではここで急に声をかけることはなかったが、わずかに目を細めて興味を持ったような目を一瞬だが見せていた。


 果たして彼は、やはりゲームと同じ目をしてヒロインを見ていた。

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2024年12月19日 07:00

悪役令嬢の姉は、一家断罪の未来を回避すべく奮闘中。そしてヒロインに懐かれる 春樹凜 @harukirinn

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