一着目
「今日から新学期だ〜!よっしゃ、今年もテスト一位とりまくるわよ〜!」
「何言ってんだ山田。お前もうエイプリル・フールは終わってんぞ。とうとう本物の阿呆になっちまったのかよ!ハッハ!」
「随分と日本語上手になったじゃないか〜。ナツオ〜。」
そう茶化し合いながら教室の左後ろ、前後の机に着席し、始業のベルを待つ生徒は、学内では、「秋冬残念イケメンコラボ」というあだ名で呼ばれている、なんだか目立つ二人組である。
由来は、山田の本名が冬太、ナツオはそのまま音が「夏」に似ている、といういささか単純なものである(ちなみに、彼のラストネームはドーナツ、というものなので、フルネームはドーナツ・ナツオである、イカれている)。
背丈が百七十七センチ、すらっとしていて筋肉質な体を持つ山田は、何も話さなくてもそれだけで注目の的であった。加えて、甘いマスクと来た。
彼の前に座るナツオは、一年前の今日、この学校に留学してきた。当初一年だけの留学の予定であったが、予定が変更になり、今年まで在籍することとなった。彼もまた、山田に並んでクールな顔立ちをしている。身長は山田のそれを超えているし、何より留学生とあって、学校内で一番のイケメンだと呼び声高い。しかも頭もいい。
「ふん。本来なら一年間の留学の予定だったんだがな。日本語は、とうにマスターできたし、母国じゃ、できない勉強もたくさんできた。」
「じゃあなんで今年もこの学校にいんだよ!お別れ会しただろうが!」
いつものふざけたノリで、罵り合いが開幕。
「知るか!みんなにお別れ会してもらって、家に帰ったあとにな、両親に突然言われたんだよ!『そんなに悲しそうな顔してるなら、あと一年、期間伸ばしちゃおうか』ってな!」
「お前、めそめそ泣いてたもんな!ほら、学校指折りのイケメンなんだろ!いい顔が台無しだぜ!」
「あああああ!やめろ!思い出させないでくれえ!」
顔を両手で押さえ、机に突っ伏してしまった。
「ま、あと一年間、よろしく頼むわ。.........課題の答え、ちゃんと見せろよ。」
空を飛んでいるカラスを見ながら、山田が呟くと、
がばっ!と顔を上げたナツオが言う。
「お前また俺に頼るつもりだったのか!そんなんだからいつまでも成績ビリっ欠なんだよアホ!」
てめえ!やんのか!そう言い合う二人は、本当のところはもちろん嬉しかったのである。照れ隠しが下手くそなティーンエイジャー二人を、クラスのみんなはニマニマと見つめていた。
「はーい。みんな、席についてね〜。」
「え〜。先生なんかホームルーム始めるの早くな〜い?」
「まだおしゃべりした〜い。」
わなわなと震える先生。
「だまれええええ‼︎」
ワアアア!そうだった。去年からの持ち上げ担任である、「ミナミ先生」は、普段は優しいが、イライラすると三段階に分けて、気性が変化するイカれた教師であった。
ちなみに、これは二段階目だ。
「せんせーーー!我々、二年B組一同!」
「今日帰ったらさ、何時からタコパする〜?」
「ねむた〜い。」
「もう帰りた〜い。」
「ワン!」
先生の話を聞かず、くっちゃべる面々。わなわな。南先生が例年のごとく、中国武術の構えをとった。まずい、三段階目に移行している。ん...?今、犬が混じっていたような。
「てめえら、いい加減にしろや!フン!」
最前列二人、中央列三人、最後列二人の机に狙いすまして、ボン!と空気の玉を打ち出すミナミ先生。その間わずか二秒。
彼女の拳は、明らかに武術の域を超えている。
そして、たった今吹っ飛ばされた人のうち、二人は、俺とナツオである。ナツオはいいとして、なんで俺まで⁉︎
「はい!みんな静かになりましたね!」
あんたが静かにさせたんだろ!と、叫ぶのはやめておいて、イカれた教師に吹き飛ばされた机を整える。そして、ミナミ先生の話に耳を傾ける。
「何と、今年も留学生がいまーす!」
おお〜!クラスが湧き立つ。前の席で、「ふっ、俺に匹敵するイケメンが来るか」と、金髪の髪をコームでさらりと梳かすナツオのことは放っておいて、今か今かと、留学生が教室に現れるのを皆で待つ。
「はい、じゃあ入っておいで〜!」
ばさり。
俺はぞくりとした。教室に入ってくるその生徒の背中に、黒く、大きな翼があったように見えたからだ。
その翼は、明らかにカラスのそれで、しかし、それにしては大きすぎた。
「ハーイ!皆さんコンニチハ〜!」
なんかわざとらしい片言な日本語だな。
「おお!なんと美しい姫君!僕と付き合ってくだされ。」
「いや僕と!」
「おいらと!」
「いいや、俺...。」
「やかましい!」
ボボボン‼︎ またもミナミ先生の弾丸突きが!
「フッ!いやー、すみませんね、先生。」
「よいしょ!もうしないんで、許してください。」
ボン!
「ぐえええ!」
おいおい、一人回避できてないやついるぞ...。
まあこいつら、購買パン三重奏(購買のカレーパン、焼きそばパン、いちごパンを我先に、と買いに向かうことからついた不名誉なあだ名である)が、このような発言をする気持ちも分かる。それについては、クラスのみんなも共感してくれるだろう。
そのみんなが思ったであろうことを、この山田が心の中で代弁しよう。
「もんのすごいかわい子ちゃんだ!」
おい!ナツオお前なに言ってんだ!声に出てる!
そして声量すごいな!
俺の心の声を奪われたが、本当にその通りだった。この留学生は、ナツオとよく似た金色で肩をやや過ぎるウルフカットの髪、背丈は平均ほどであるが、何よりその小さな顔に際立つ、綺麗な青色の瞳を持っていた。
「モデルか?芸能人か?」とクラスが騒がしくなる。
「はい、それじゃ、今年から一年間、留学生としてみんなと一緒にお勉強する彼女に、自己紹介してもらいます!じゃ、お願いね。」
南先生に促され、彼女は話し出した。
「え、えっと。」
「あ、あくま...ま、マ、マチガエタ!
レ、レレレ、
レモン・レモンティーと言います。よろしく!」
レモンレモン⁉︎なんて名前だ!
ドーナツ・ナツオもなかなかだが、レモンレモンはものすごいインパクトである。しかし、アンビリーバブルな名前を、微塵も気に留めていない様子の十数人の男子生徒たちが、突然、ばっ‼︎と立ち上がる。
「レモンちゃーん!」
「今日は祭りだ!!!」
「L・E・M・O・Nレモン!」
「君が好きだと、叫びたい!」
こいつらやばいな!常識人はいないのか⁉︎
後、今なんか「あくま」とかなんとか言ってた気がしたんだが。気のせいかな。
それと、さっき見えた気がしたあれ...。
あの大きな黒い、カラスのようなどでかい翼と相まって、妙な胸騒ぎがする。
「いやいや...まさかな。」
俺は、不安と大さじ一ぐらいのわくわくをごくりと飲み込んで、それが消化されないままで、「気のせい」だと決め込んだ。なんでかって?俺はそういう、非現実的なものは信じない主義なのだ。そういうわけで、俺はもう気にしないことにした。
「はーい!自己紹介ありがとう。それじゃあ、空いてる席は...。あそこに座ってる山田くんの隣の席ね。山田くん!色々教えてあげてね!」
「ぎょへー!ふんふんふん!」
前の席のナツオがベッドバンキングしている。お前、もうやめとけ。
「山田ぁ!ずるいぞ!」
「おおおおお!山田あああ!」
容姿端麗な留学生の近くに...あわよくば、隣の席を!と狙っていたやつらから顰蹙を買う。
うるせえなこいつら!
四月の初めから、騒がしいな、今年は...。そう考えていると、机に紙飛行機が飛んできた。な、なんだこれ...。開くと、
「果たし状 山田へ 後でレモンちゃんの連絡先 求む」と書かれている。
「自分で聞きに行け‼︎」
変なやつらは置いておいて、留学生は俺の隣の席か。前の席はナツオだし、横はこのレモンと来た。変な名前コンビにねじれの位置から挟み込まれ、子守役に選任された俺は、「やれやれ」とため息をついた。
そして、自分に課せられた任務を、甘んじて受け入れることにしたのだった。
机の隙間を縫って、こちらへ近づいてくるレモン・レモンティー。縦に六列ある机を、一つ、また一つと通りすぎるのが、まるで十二月のアドベント・カレンダーのマスを、一日、また一日と開けていく、緊張感と似たもののように感じられた。
湧き立つクラスの中、一人だけ落ち着いて見える彼女は、ついにキラキラした目のナツオの隣さえもすり抜け、俺の隣の席に座った。
「ヨロシクネ、山田とやら!」
とやら⁉︎いま、片言な日本語に混じって、「とやら」って言ったか⁉︎あっやばい、こいつもなんかおかしいぞ!
「よろしくな。俺は、ドーナツ・ナツオ。まあ気軽に『白馬の王子さま』って呼んでくれてもいい。趣味はいちご狩り、好きな食べ物はいちごだ。」
「変な名前だね!ナツオ・ナツオ?」
「ガーン!意外に毒舌ぅ〜!」
ぴゅーん!と、自分で効果音をつけてその場でジャンプし、そのまま静かに着席するナツオ。こいつやばい。
二人のコントを見守っていて、挨拶を返していないことに気づいた俺は、慌てて言った。
「お、おう。よろしくな、レモン。」
また一人、クラスに変なやつが増えた。
魔法を使うと、服が爆発する山田君 コーヒーの端 @pizzasuki
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