第5話 『内乱の予感』

<サルバドール・ダリ>と呼ばれる精神と肉体の合成された構成体、その組成をフラットに分析すると生化学的にはいわゆるそれは単なる有機物である。進化概念では系統樹のもっとも高処たかみに位置している最終的な形態の哺乳類、叡智人ホモサピエンスと呼ばれるヒト、われわれ人類は、極めて「脳」というオルガンの発達進化している生物で、脳の神秘的な機能や構造ゆえにヒトは、地球史上空前の不思議な繁栄を成し遂げ、文化カルチャー文明シヴィライゼイションと呼ばれる極めて高度で複雑精妙な”生態”を展開している。自己言及的でもあり、脳やヒト自身のことを小宇宙ミクロコスモスと呼んで、大宇宙マクロコスモスと区別する、そうした思想イデオロギーをも胚胎するに至っている。実質的には有機物に過ぎないのでヒトは非常に脆くもあり、ミクロコスモスはしばしば呆気なく破壊されうる。灰燼に帰す、という言い回しはこの不条理な事情の比喩で、いわゆる”戦争”という現象が最も端的に人間存在の脆弱さの象徴パラフレーズになっている。叡智人の歴史に付き纏う宿痾、経済や欲望のあるがゆえに祓い清められない地獄の災厄、悪霊、人間というものが単なる畸形児でしかない、そうした虚無主義の因って来たる源、人々が最も忌み嫌うこの悪夢、サルバドールダリという一個の有機体は、脳という不可思議な器官に日々消長流転する精神というひとつの形容不能にこみいった現象、そのある発露、結果…千変万化な無数のシーケンス、ドラマ、そうした観念とイメージのインフィニットな深淵アビス、意識と無意識というある時代的ファッショナブルなパラダイム、二項対立の発想、精神の奥底の炙り出しの、それへの耽溺、過剰評価、…もろもろの結果としてこのひとつの奇天烈で異様な絵画アートを創造、想像しえたのだ…一見すると支離滅裂だが、夢というトポス、何事も起こりうる自由奔放過ぎるキャンバスにおいて、これは狂っているようで狂ってもいない、どちらでもありどちらともいえない、唯一無二で空前絶後で、時間と空間の函数で、ヒトではない鬼子、その奇跡、果実として、この「内乱の予感」は産出されたのだ。「茹でたインゲン豆のある柔らかい構造」というのが原題ではあるが、そういうダリの、不安定な心情から生まれたこの悪夢のような絵は、要するに(6か月後に起きた)「スペイン内乱の予感」の表徴であったと、サルバドールダリは結論し、これを「夢の超継時的な啓示的予言」の好個な例として世間に問う形となった。この文がもし単なる戯言メタモルフォーゼなら、だからこの絵も、恐らくは無意味な酔狂メタモルフォーゼにすぎないのかもしれない…





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”うるわしの、名画物語”~掌編連作~ 夢美瑠瑠 @joeyasushi

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