第4話  『ビーナスの誕生』



 女流画家の、菩提ぼてい智恵理ちえりは、熱烈な恋愛をしていた。

 

 が、相手は智恵理の恋心に全く気付いていず、しかもその、外科医を生業なりわいとしている、片思いのターゲットというのは、”女性”だったのだ。

 

 女医で、極めつけの美貌。冷酷無比なメスさばきに相応しい、切り口上のしゃべり方。ロングヘアにスレンダーな八頭身で、お高くとまりすぎているので?綽名は”鼻”であった。


 戸籍名は、「早乙女さおとめ はな」というのだが、プライドの高そうな立ち振る舞いや物腰ゆえに、「華さん」と呼ばれている時の彼女が、「鼻さん」に、見えてしまう、というのがニックネームの由来だったのは言うまでもない…


 盲腸の手術で…これは「虫垂炎」が、正式名称なのは智恵理は知っていて、尾てい骨やへそと同じく人類進化に伴って必要のなくなった痕跡の器官…そういう蘊蓄?の話題から、なんとなく執刀担当医師の華と智恵理は親しくなったのだった。

 

 智恵理は、星座が魚座で、内向的で、見るからになよなよした、フェミニンなフェロモンが横溢しているようなセクシーなタイプだった。

 色白でふくよか。ボッティッチェリの筆になる「ビーナスの誕生」の、恥じらっている、初々しいビーナス像を彷彿させるというので、綽名は「ビーナスちゃん」なのだった。


 そうして、性的嗜好では、言うまでもなく、華は「S」で、智恵理は「M]なのだった。


 「サディストという性格を昇華した職業」では、「外科医」が代表的、そういうことを智恵理は何かの本で読んだことがあった。

 ドラマの「ドクターX」役の女優も、そういえば見るからに”サディスト”ぽい。「ブラックジャック」は手塚治虫のシャドウ、陰画的人物だろうが、冷酷と言えば冷酷無慚この上ない、世間や社会への激しい怨恨や憎悪を体現しているのだろう。それが外科医なのも智恵理にはなんだかサジェスティヴに思えた。


 「ああ、早乙女先生の冷酷なメスで切り刻まれたい! 迸っている熱い血を見て、冷たく嘲笑されたい! きっと痺れるくらい快感イイキモチで気絶しちゃいそうになるワ!…」ちょっと猟奇な妄想に溺れながら、智恵理は夜ごとに、ベッドで手淫に耽っているのだった。


 …思い余った智恵理は、Love letter 代わりに一つの絵を描き始めた。例の「ビーナスの誕生」という名画を、基本的に下敷きにして、それをコラージュして、極めてエロチックな、春画?に仕立て上げることにしたのだ。


 智恵理は、美大で、AIを駆使した最新のアートの技法や理論を学んでいて、ボッティッチェリの描画法をシミュレーションして、そこに自分なりのオリジナルな、絵を鑑賞する人物のセクシャルな欲動、恋愛衝動を刺激する特殊な色遣いやタッチのテクニックを加味した。…いわば、絵画を用いた超モダンな媚薬、「惚れ薬」を、こしらえあげようとしたのだ。


 …出来上がったのは、エロチック極まりない「超モダンな春画」だった。


 原画同様に、中央には、なまめかしいポーズの裸婦がいる。

 悪戯いたずらけなエロスたちに着衣を剥がれつつ、恥じらっているのは、煽情的な表情の、智恵理自身ビーナスちゃんだった。

 

 極彩色の背景。アコヤガイと、南洋パラ楽園ダイス。天上的なニュアンスの美麗アーティスティックな構図の右には、長い髪を振り乱した、両性具有の男性夢魔インキュバスが、舌なめずりしているような表情で今にもビーナスに襲いかからんとしていた。…そうして、その、インキュバスは、紛れもなく早乙女 華その人に瓜二つの、尖った感じの冷たい美貌をしているのだった!


 智恵理は、華の誕生日に、サプライズで、この絵を「献呈」した。


 この、此の世ならぬ美しい「恋文」を受け取り、華も、さすがに智恵理の激しい自らへの思慕の念に気づいて、そうしてむしろごく自然に二人は「百合カップル」となった。


 「アアン、もっとお、いじめてー💓」

 「ウフフ。かわいい仔猫ちゃん。あんまりかわいいからこうしてやるのさ!」


 胸と太もものあわいに手を当てながら、すべてをさらけだして羞恥している智恵理ビーナス

 その瑞々しい白い四肢を、華は手術オペの時そのままの、怜悧な表情と動作で、思うさまに引き裂き、なぶり抜くのだった。


 

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