語部部 泉子さんのちょっとだけ怖い話 「左目だけいつも涙目」

鳥辺野九

第1話 左目だけいつも涙目


 自分自身の目を閉じた顔を見られるか。

 それが霊感ありなし試験の第一科目となるらしい。フライドポテトをさくっと咥えて船形泉子先輩が言った。ポテトが声に合わせてゆらゆら踊る。

「霊感なんて第六感みたいなものだ」

 咥えタバコなら古い洋画で観るけれども映画と違ってリアルではよく揺れるものだな、と思いながら私は泉子先輩の咥えポテトをゆらゆら観察する。

「試験方法は簡単だ。スマホのインカメラを使う」

 言われて、自分のスマホをまじまじと見てしまった。これでは泉子先輩の思う壺だ。

 目線をスマホへ下げたまま、横目でボックス席の隣に座る栗駒真夜を覗く。ツーブロックショートの垂れた前髪に隠れて、真夜も私を覗き返していた。

 泉子先輩はポテトを咥えたままニヤついている。不思議とイヤな気持ちにならない人を見下した笑顔だから困る。女子高生ながらこの人心掌握術、侮れない。さすがは語部部(仮)の部長である。

「霊感テスト、やってみな。メグルちゃん、真夜ちゃん」

 霊感なんて特殊能力はそもそも存在しないのだ。あるもないもない。私はスマホのインカメラを見つめて、隣の真夜を覗いて、泉子先輩の揺れるポテトに注視する。

 泉子先輩の唇が短くなったポテトをするりと飲み込んで消した。




 船形泉子式霊感テスト。やり方は至極シンプルだ。スマホのカメラアプリを起動して撮影モードをインカメラにタップする。自撮りするようにスマホを掲げて、スマホの中の自分と視線がかち合っているのを確認したら目をパチクリとさせる。それだけだ。

 何度もまぶたを開けたり閉じたりしてタイミングを図り、スマホの中の自分、もしくはそれを器用に真似た虚像の隙をつくようにフェイントをかけて目を開ければ、ごくたまに目を閉じたままの自分の顔を見ることができる。それが霊感アリのサインだ。

 ディレイがかかったようにタイミングがずれて目を開けた自分自身と目が合ったら、気を付けろ。泉子先輩は神妙に言う。取り替えられるぞ、と。

 私は言われるままにゆっくりまぶたを閉ざし、開けて、また閉じて、そして開こうとしたその時、左目にちくりと痛みが走った。

「痛っ」

 思わず声に出てしまい、左目を伏せ、まぶたを押さえて擦る。睫毛が入ってしまったか、左目に違和感がある。右目だけを開けてスマホ画面で確認しよう。両目を閉じた自分の顔が見え、眉間に皺を寄せた自分の童顔の左目をチェック。やっぱり睫毛か。

 スマホの中の私と目が合う、その瞬間に、ポテトが揚げ上がる曲が店内に響いた。私も真夜も、そしてスマホの中の私もそちらに気を取られて顔を向けてしまった。

「あっ。盗られた」

 真夜が笑い混じりに言った。何のことか、見れば泉子先輩が私らのポテトをつまみ食いしている決定的瞬間がそこにあった。

「バレたか」

「先輩の分もちゃんとあるじゃないっすかー」

 真夜はスマホを放り出して、自分のフライドポテトを守るように両手で庇った。泉子先輩は私たちが目を閉じてる瞬間にポテト泥棒を働いていたようだ。相変わらずニヤついた顔で私に向き直る。

「で、どうよ。目を閉じた自分の顔、見れた?」

「前髪伸びた自分がいるだけっすよ」

 盗難されたポテトを補填するように泉子先輩のポテトを摘んで真夜が言った。たしかに、ツーブロックショートのきれいに斜めった前髪がかわいい真夜のままである。取り替えられてはいないようだ。

 私はと言うと。

「ちょっと目にゴミが入ってわかんなかったです」

 左目だけ涙目になって目を擦るスマホの中の私を見ながら答えた。そこには相変わらず子どもっぽい童顔の女子高生がいるだけだった。

「ま、霊感なんてあってないようなものだしな」

 泉子先輩のぷりっと整った唇には二本のフライドポテトがゆらゆら揺れていた。

 その日から、自撮り画像の私は、左目だけいつも涙目なような気がする。

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語部部 泉子さんのちょっとだけ怖い話 「左目だけいつも涙目」 鳥辺野九 @toribeno9

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