第29話 天才軍師と一夜城
「
海が示した、あまりにも大胆な策。
軍議の席は水を打ったように静まり返り、やがて、堰を切ったような反対意見が噴出した。
「無茶でございます! あの地は湿地、城など築けませぬ!」
「敵の目の前で、悠長に城作りなど! 斎藤の軍勢が黙って見ているはずがありませぬぞ!」
歴戦の宿老である柴田勝家や丹羽長秀ですら、「不可能」と首を横に振る。
家臣たちが尻込みする中、その静寂を、猿のように甲高い声が打ち破った。
「その役目、この木下藤吉郎に、お任せくださりませ!」
声の主は、足軽から身を起こし、その奇抜な発想と人たらしの才覚で、めきめきと頭角を現していた
後の羽柴秀吉である。
「なるほど、敵の目の前で槌音を響かせるのは愚策。ならば、槌音を響かせず、一夜にして城をこさえれば、よろしかろう!」
彼は身振り手振りを交え、自らの考えを熱っぽく語る。
その内容は荒唐無稽に聞こえたが、その瞳には不可能を可能にすると信じて疑わない、強烈な光が宿っていた。
皆がその奇策に呆気に取られる中、海は静かに俺の耳元で囁いた。
「……殿。彼のその気概、今、我らに必要なものです。
ですが、気概だけでは、この大事業は成し遂げられません。この策を、現実のものとする『知恵』が、もう一つ、必要です」
彼女は、懐から取り出した書状を俺に渡した。
「美濃に、若くして天才軍使と呼ばれる
彼は、兄・義龍のやり方に与くみせず隠棲しておりますが、その智謀は父・道三も一目置いておりました。
彼を、我らの味方に引き入れるのです」
俺は、藤吉郎だけを連れ、半兵衛が隠棲するという庵いおりを訪ねた。
現れた半兵衛は、噂に違わぬ切れ者といった風貌だったが、その目は、俺たちを値踏みするように、鋭く、そして冷ややかだった。
「尾張の魔王」とまで呼ばれ始めた俺に対し、深い警戒心を抱いているのが見て取れた。
金か、地位か……彼が俺に何を期待しているのかは分からない。
だが、俺は、ありのままの想いを語ることにした。
「……俺は天下が欲しいわけじゃない。
ただ、この終わりのない戦乱を、終わらせたいだけだ。
民が明日の食事の心配をせず、夜は安心して眠れる。家族と笑い合える。
そんな、当たり前の毎日が続く世の中……俺は、それを『スローライフ』と呼んでる。
そのために、俺は天下を獲る。半兵衛殿、あんたの知恵を俺に貸してくれんか」
俺の戦国大名らしからぬ、あまりにも人間臭い理想。
半兵衛は驚いたように目を見開き、やがて、フッと、その表情を和らげた。
「……面白いお方だ。貴方のような大名に初めてお会いした。よろしいでしょう。
その『スローライフ』とやらが、どのようなものか、この目で見届けさせていただきます」
織田家に加わった半兵衛は、藤吉郎の荒唐無稽なアイデアを、見事なまでに緻密な作戦計画へと昇華させた。
木曽川の上流で城の材木を切り出し、あらかじめ加工しておく。それを筏いかだに組み、川の流れに乗せて一気に墨俣まで運ぶ。
そして、現地では、職人たちが組み立て作業に集中する。 夜の闇と川の音に紛れて、一夜にして城を出現させる、という前代未聞の計画だった。
この作戦は、まさに俺たち「チーム織田」の総力戦となった。
俺はリーダーとして彼らに全権を委ね、決断を下す。
海は大局的な戦略を練り、斎藤軍の動きを正確に予測して、情報の流れを司る。
半兵衛は、戦術の天才として、完璧なまでの実行計画を立案する。
そして藤吉郎は、現場の鬼として、その卓越した人心掌握術で職人や兵たちをまとめ上げ、不可能とも思える突貫工事を指揮する。
後方では、空が、藤吉郎の部隊への兵糧や物資の補給を一手に引き受け、兵たちの士気を支え続けていた。
そして運命の夜、計画は一分の隙もなく実行された。
翌朝、斎藤軍の兵士たちが川向こうの光景に目を疑った。
昨日まで、ただの湿地帯だったはずの墨俣に、一夜にして立派な木の城が朝靄の中から姿を現したのだ。
「なっ……城じゃと!?」
「馬鹿な、一夜で……!?」
「信長は、神仏か、はたまた物の怪の力を借りたというのか……!」
その心理的な衝撃は計り知れない。
斎藤軍の士気は、一気に崩壊した。
墨俣一夜城の成功。
それは、この長い美濃攻略戦の潮目が決定的に変わった瞬間だった。
難攻不落に見えた稲葉山城が、今や我らの手の届く場所に見えている。
完成した城から、敵の本拠地を眺めながら、半兵衛が自信に満ちた笑みで俺に言った。
「殿。これで、王手ですな……さて次は、あのお山のお城を、いかにして落とすか、ご相談いたしましょうか」
その言葉は俺たちの勝利が、もはや揺るぎないものであることを高らかに告げていた。
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俺が信長で、幼馴染が吉乃と濃姫!? ~転生幼馴染トリオ、本能寺フラグ回避して戦国スローライフ目指します 月影 流詩亜 @midorinosaru474526707
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