母の日

岡村 雄一郎

大木 里子 a

拝啓

今日はお母さんの日。カレーの時間にれいこちゃんがそう言っていたから間ちがいない。れいこちゃんはお母さんにカーネーションって言うお花をあげるんだって。そのカーネーションって言うお花は赤くて、おっきくて、ギザギザしているらしい。まるでお父さんが朝ごはんにやくベーコンみたい。今日はお花屋さんに行ってカーネーションを買うんだ。そしたらお母さんはとっても喜んでくれるはず。お父さんが作ってくれた引き出しのかぎを開けた。しまってあるミッキーマウスのおさいふを出して、中をのぞいてみたら、じゅう円玉が二まい入っていた。これで足りるかなぁと思ったけど、もうお外は暗くなってきてて、いそがなきゃ日がくれちゃうからいそいでお花屋さんに走っていった。


「ごめんね。おじょうちゃん。これじゃあ足りないの」

店のお姉さんが先生にあやまるみたいな顔であたしに言ってきた。やっぱお金、足りないんだ。お父さんが作るベーコンよりギザギザしてる花をにぎりしめる。そうぞうしてたお母さんのよろこぶ顔がくもってだんだん見えなくなってくるのは、きっと泣きそうになってるから。

「お母さんにありがとうって言うだけでもお母さんはよろこんでくれるんじゃないかな」

だめなんだ。お花じゃなきゃとどかないんだ。

「そのお花、買います」

静かになっていた店の中に大人の女の人の声がひびいた。

「お母さん?」

声を出した女の人の顔はいつも見るお母さんの顔そのものだった。

「里子、ごめんね。会うの、随分ずいぶんおそくなっちゃった」

「お母さん!!」

あたしはさけんでお母さんの足にとびついた。がまんしてたなみだがお母さんのきれいなスカートをぬらした。

「これで足りますか?」

お母さんはしわのないきれいな手にひゃく円玉六まいを乗せて、お店のお姉さんにわたした。

「はい。おりは四百よんひゃく円になります」

お母さんは首をふると、お店のお姉さんに言った。

「おりはらないわ。こまってる人に募金ぼきんしてあげて」

お母さんはさわったこともないようなあたたかい手であたしの顔を上げるとにっこりとわらってあたしにやわらかい声でつぶやいた。

「お父さんが来てくれたわ」


里子さとこ!!!」


お父さんの声がして、ふりむくとスーツをきたお父さんがいきを切らして立っていた。

「里子!大丈夫だいじょうぶか!?」

お父さんが走ってあたしのかたをつかむ。お店のまどはもう真っ黒になっていて、しがみついていたはずのお母さんの足もいなくなっていた。

「里子、それは?」

お父さんがあたしがにぎってるカーネーションを見つめる。

「カーネーション。お母さんにあげるの」

「ああ。そっか。そう言えば今日は母の日だったな」

お父さんはいっしゅんだけ泣きそうになった。すっと立ち上がると黒いさいふを出して、お店のお姉さんに向きなおす。お店のお姉さんはひゃく円玉六まいを見せて言った。

「いえ、お代は奥様おくさまからいただきましたよ」

お父さんはそれを聞いてふしぎそうな顔をした。

「お母さんがね。カーネーション買ってくれたんだよ!」

お父さんはそれを聞いてまた泣きそうな顔をした。こんどはいっしゅんだけじゃなかった。


「お母さん今までありがとう。これからもよろしくおねがいします」

リビングの隣にある部屋の仏壇に今日も手をあわせる。写真の中のお母さんはいつもわらってる。お母さんはあたしが生まれてすぐに病気で死んでしまった。だから、お母さんの声も、あったかさも、あたしは知らなかった。

「里子、一緒にケーキを作ろうか」

でも、少しだけわかった気がする。お母さんはきれいな声をしていて、あったかくて、優しくて、きっといつも見守ってくれている。写真の横の花瓶に刺した真っ赤なカーネーションがエアコンの風を受けてゆらゆらと揺れている。


今日、あたしは少しだけ、お姉さんになった。

                   

敬具

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

母の日 岡村 雄一郎 @okamurayuichiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ