等と,申して。

森 歩夢

第1話 踏む。

僕が初めて彼に出会ったのは街の灯りが煌々と視界を差す,眠たい東京の夜だった。1年も経てば東京の夜は綺麗なものでなくなる。何処かで怒声が聞こえたかと思えば打撃音が路地裏から響く。酔っ払った若いネエちゃん達がそれを見て嗤っている。店の隅で熱烈なキスをする恋人達。ホストの看板を殴りながら泣く化粧のグチャグチャな10代くらいの女の子。ネオンに輝く昼間より眩しい街。それがこの暗い暗い,東京の夜だ。

上京したばかりの頃は確かに僕にもこの景色が綺麗に見えて,焦がれていた。それがどうだ。その胸を焦がす様だった夜が今ではゴミ溜に見える。

あの日もそうだった。冬の寒さが物凄い速さで駆け込んで来る夜に,態々太腿まで切れの入った夜職用のズボンを履いてオーバーの黒ワイシャツを1枚羽織る。それから小さな銀のアクセサリーを散りばめる。僕はゲイ・バーのキャストをしている。メインの仕事はダンスと接待。偶にカウンターに立つ程度。

半ば田舎の実家から逃げるように上京してきた僕には高校卒業程度の資格しか無く,バイトの一つもした事が無かった。これまでの人生お金に困ることもなかったものだが,現実と夢の金銭に動揺する日々。挙句にはたった半年で通い詰めたメイド喫茶の女王に切られてしまい今の店に飛ばされた。成人年齢が引き下げられた今,僕を守ってくれるものは無いに等しかった。学もないからそう思っていた。

踏まれた雑草は,僕の糧となる。

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