第10話

~ベータシア星系の第十六惑星宙域へ向かって航行中(小惑星帯到着直前)~


 小惑星帯を目指して突き進む生体宇宙船サンゴウ。


 操船艦橋でモニターの映像を眺めているだけのジンは、目的地が近づいていても特に緊張をしていなかった。


 けれども、サンゴウは違う。


 現在のサンゴウは、最大限の警戒モードで探知を開始し、それを継続していた。


 小惑星との衝突や宇宙空間に飛び交うデブリとの衝突があったとしても、何ら問題が起こることのないサンゴウが、である。


 まぁそもそもサンゴウの性能を以ってすると、相手が小惑星だろうがデブリだろうがなんだろうが、たとえ光速に限りなく近い速度でその類が迫って来たとしても、簡単に回避してしまう。


 よって、衝突自体、起こったら奇跡のレベルなのだが。


 むろん、サンゴウ自身が補給物資としてそれらを認識し、故意に捕食のために接触する場合は話が別になるのだけれど。


 それ以外で、『衝突』という現象自体が、サンゴウにはあり得ない話であったりはする。




 ベータワンを隠していても容易に見つけることができない場所であり、『そこに隠していたことにする』というでっち上げが行われても、まずバレることがない場所。


 それが、ベータシア星系の第十六惑星宙域にある小惑星帯であった。


 そこには、大小さまざまな小惑星が多数、一定の狭い範囲の宙域内において、高い密度で存在している。


 つまり、一般的な宇宙船はその付近を航行するのが困難な場所となってしまう。


 そうした小惑星帯とは、宇宙船でギアルファ銀河系内を移動することができる文明のレベルにおいて、どのような意味を持つ存在であるのか?


 その問いに対する答えは、『身を隠していたい、後ろ暗い事情を持つ者たちの巣窟になっている可能性が高い場所』なのである。


 前述の問いに対してこのように答えられると、回答者は花マルがもらえることであろう。


 しかし、ジンはそんなことには気づいていない。


 だからこそ、ゆったりでまったりなリラックスモードのまま過ごしていた。


 もしも、今のジンにサンゴウの警戒モードの状態の理由をわかりやすく説明するとしたらどう言えば良いか?


「ルーブル帝国のスラムで、それなりの金額を懐に入れたまま、無警戒でぶらぶら歩いている一般人がいたとしたら、ジンにはどう見える?」


 このように問えば、秒で理解することは請け合いだ。


 つまるところ、「超危険地帯に自ら足を踏み入れるのに、『何の警戒もしない』とかは馬鹿じゃね?」ってお話である。


 もっとも、今のジンであれば、一般人とは比較するのも馬鹿らしいほどに強いし、防御力も万全なので、スラムだろうがなんだろうが平気で歩けてしまうけれど。


 今のジンは、自分自身だけでも身の危険を感じることがないのに、それに加えて最強の生体宇宙船サンゴウにも守られている。


 よって、一般的な意味での危険地帯に足を踏み入れようとしていたとしても、危機感が全くない状態であっても問題はない。


 実のところ、サンゴウだって本当の意味で目的地の小惑星帯を『危険だ』と判断しているわけではなかった。


 サンゴウの基本性能は、たとえばギアルファ銀河で製造されているであろう宇宙用艦船百隻に包囲され、襲撃されたとしても圧勝できるほどに高い。


 ちなみに、先に挙げた『百隻』は特に意味がある数字ではない。


 仮に百が千に変わったとしても、おそらく結果は同じとなるであろう。


 ただし、現在のように旅客を乗せている状態では、全力の戦闘機動がサンゴウには不可能なのも事実だ。


 サンゴウのしている警戒モードは結局のところ、念には念を入れている保険的な意味合いの行動でしかなかった。


 だからこそ、艦長のジンに対しては同レベルの警戒を要請していないのである。




 そのような状態で、サンゴウはついにベータシア星系の第十六惑星宙域の小惑星帯に到着した。


 到着は、ジン以外の全員がぐっすり寝ている時間帯になるよう、上手く調整されている。


 なのでそこからは、とっとと艦長のジンに収納空間からベータワンを取り出してもらって、サンゴウはそれを牽引している状態へと移行。


 このまま、ベータシア星系の主星へ向かっても大丈夫な状況を素早く完成させた。


 しかし、場所が場所であり、そこに勇者と生体宇宙船のコンビが揃っていて、何も起こらないはずがない。


 おそらく、運命的な何かを引き寄せているのだろう。


 要は、「準備完了。いざ出発」というところで、事案発生と相成った。


 まるでお約束でもあるかのように、脛に傷を持つ、後ろ暗い過去が満載の人生を過ごして来た方たちの接近が、警戒中のサンゴウには感知されたのであった。

 

 ここで改めて言うまでもないが、サンゴウは優秀な生体宇宙船であり、その性能は非常に高い。


 だが、ジン以外の旅客を乗せ、尚且つベータワンを牽引している状況では百パーセントの性能を発揮できるはずがなかった。


 如何にサンゴウと言えど、さすがにそれは不可能である。


 現在接近してきている艦船をサンゴウの持つデータと照合すると、「骨董品レベルを遥かに超えた、超旧世代の改造武装宇宙船群」という答えがはじき出される。


 そのような連中からの、束になっての攻撃を受けても、サンゴウ自身には何も問題がない。


 けれども、『ベータワンをこれ以上壊さないように』という『制約』というか、いわゆる『枷』がはめられてしまえば。


 サンゴウの隔絶している性能を以ってしても、当然のことながら、「ちょっと面倒だな」と考える程度には状況が悪化するのであった。


 本来ならば、それが正しい姿なのだ。


 だがしかし、である。


 今のサンゴウは、『移動に関して』と、『エネルギーのみを利用するエネルギー収束砲を用いる攻撃について』の二つに条件を限定すると、エネルギー消費の管理面でどのような状況に置かれているのか?


 その問いに対する答えは「艦長のジンに魔力を供給してもらうことで、ほぼノーコストなやりたい放題が可能」となるのだ。


 そして、サンゴウは先日の、『艦長からは無限にエネルギー供給を受けることが可能』という事実が判明した時以降については。


 ジンが乗船している限り、常時エネルギー供給を行ってもらっている。


 そうした諸々の条件が重なっている、今回のような場合だとどうなるのか?


「『戦場』や『戦闘』とは違うな。あんなのはな、『一方的な虐殺』って言うんだ」


 客観的に戦場全体を俯瞰状態で見ることのできる者がいた場合、前述のような発言しか出てこないであろう。


 サンゴウのエネルギー収束砲は、収束率で射程距離が変化する。


 通常の戦闘であれば、サンゴウは防御フィールドの展開をしてエネルギーを消費するし、機動用のエネルギーとして十分な量を別枠で確保しておかねばならない。


 そのため、エネルギー収束砲による攻撃に回せるエネルギーの分量には、それなりの制限が掛かってしまう。


 だが、そこに勇者による無尽蔵なエネルギー供給が加わると話はガラッと変わって来るのだ。


 現状のサンゴウは、「エネルギーを使い放題」と言って過言ではない状態にある。


 そうなると、索敵の限界距離よりも、エネルギー収束砲の射程距離の方が長い。


 サンゴウを製造したメーカーの技術者が、「理論上はあり得ても、実際の戦闘でそれはないだろ!」と、叫んで発狂しかねない状況があっさりと成立していたりする。


 そして、サンゴウの索敵範囲は、接近してくるこの宙域の賊が気の毒に思えるほどに広い。


 要するに、略奪目的で襲撃を企てている側は、自分たちが攻撃不可能な距離から、サンゴウの攻撃を受けるのであった。


 哀れ、賊と思われる連中は、サンゴウへまともに近づくことすらできず、全て殲滅されるのである。


 まさに、「戦闘」と言うより、「単なる虐殺」でしかないのかもしれない。


 尚、彼らがサンゴウを目指して近寄ることができた理由は、小惑星帯のそこかしこに彼らが設置したセンサー機器が発信した信号を拾えたことにある。


「美味しそうな獲物が、迷い込んできた」


 襲撃側は、そう判断したのだろう。


 まぁ、「相手が悪かった」としか言いようがないのであるが。


 サンゴウは敵と認定して攻撃する前に、船籍や艦籍のコードの確認と警告の通信を当然の手順として行っている。


 そうした手順をきちんと守っている時点で、少なくともこの案件においてで、サンゴウやジンが罪に問われることはなくなるのだった。


 生体宇宙船による殲滅戦の最中でも、乗船しているお客さん七名は就寝中のまま。


 戦闘が発生していることを気づかせすらしない、速やかな戦闘状況の終了。


 ジンとサンゴウは、乗船客が就寝していてバレることがないのを良いことに、やりたい放題。


 一致団結して、ジンの収納空間に全てを鹵獲品として放り込む作業に勤しむのであった。


 その作業中に、ジンは『ラノベ作品あるある』なアレを思い出していた。


 それは、アレなのである。


「盗賊に人権はない!」

 

「盗賊は俺の財布だ!」

 

「盗賊は資源だ!」 


 前述のような、三つの言葉がジンの脳内で再生されていたのであった。


 そうなると、別のやる気がジンには湧いてくるワケであり。


「なぁ、サンゴウ」


「はい。何ですか? 艦長」


「今の鹵獲した賊の機体をだな。船内の格納庫に出せるだけ出して、サンゴウが解析してな。こいつらの『拠点的な位置情報を抜く』ってのはできないだろうか?」


「可能です。やるのですか? 艦長」


「ああ。やるな。ベータワンの引き渡しの期日にはまだまだ余裕があるんだ。ならば、『少々寄り道して、お小遣い稼ぎしても問題ない』とは思わないか? むしろ、『この宙域の治安を良くする』って意味で、『ベータシア伯爵家に貢献をしてる』まであると思うんだが」


 ジンの発言内容は、ものすごく傲慢な考えである。


 ベータシア伯爵軍や流しの賞金稼ぎが、どれほど頑張っても頑張っても、「この宙域に潜む賊を狩りつくすことなどできやしない」というのに。


 しかしそれを、だ。


 ジンが言うのは、「簡単に、気軽にやってしまおう」な発言なのである。


 ただし、サンゴウの性能とジンの能力の二つを以ってすれば、それは傲慢でもなんでもなく、単なるイージーな作業と化す。


 そうであるのは、議論の余地すらない確定事項であった。


 そうして、ジンとサンゴウは、解析結果から得られた位置情報と探知能力をフルに使い、半日ほど余分に小惑星帯へと居座ったのだった。




 この間、サンゴウは曳航中のベータワンに対して、調査用の子機を複数投入してもいた。


 そうして、ベータワンに残されていたデータも抜けるだけ抜いてしまっていたりするあたり、サンゴウはチャッカリしているのであろう。


 この行為により、生体宇宙船は『ギアルファ銀河の星系やら、主要航路やら』といった、あればあるほど嬉しい情報を大量入手したのである。


 賊の拠点を襲撃していたサンゴウは、通常では考えられない遠距離から、探知完了して攻撃する。


 よって、いわゆる『戦闘機動』というモノをすることは一切なかった。


 付け加えると、使用しまくったエネルギー収束砲はどれだけ撃っても無音であり、サンゴウの船体に反動などを一切生じさせない。


 なので、ロウジュたち七名は、『ああ、今撃ったな』と感じることが全くできなかった。


 つまりは、外部の様子を常時映しているモニターを、注意深く見ようとさえしなければ、船が戦闘中であるのを悟ることはできないのであった。


 まぁ、仮に見たとしても、ヤバければサンゴウがこっそりと映像の差し替えをするハズである。


 物資の回収についても、ジンがコソコソと収納空間に放り込むだけ。


 そうなると、物理的接触による衝撃なども発生しない。


 つまり、その点でもロウジュたちに『今、サンゴウが何をしているのか?』を気づかれることがないのだ。


 ジンの収納空間に入る容量の限界が見えない点で、サンゴウが、「上限が全く見えてきませんが、一体どれだけの分量が入るのですかね?」と考えていたりしたのは些細なことでしかないのだろう。


 そして、ジンとサンゴウは、こうした作業を機械的に延々と行っていて、それぞれに同じ内容の事柄に気づいてしまった。


「(あれ? これってひょっとして、ベータワンの案件は別に場所がここじゃなくても、良かったんじゃね? ロウジュたちの就寝中を狙わなくても、別にバレることなんてなかったんじゃね?)」


 今更で、気づいちゃったワケだが。


 実のところ、それは正しい。


 だが、それはそれとして、結果的に盗賊資源でお財布が潤ったのだから、現状は悪くないのである。


 結果オーライ。


 この案件はそう考えるだけにとどめる方が、吉なのであろう。


 いくら『優秀』とはいえ、サンゴウも完璧な存在ではないのだった。




「艦長。グレタで取得した鉱物インゴットの買取価格表から換算すると、鉱物だけで三兆エンくらいの価値になりそうですよ。順次取引しやすいインゴットにするので、格納庫で適度に出し入れをお願いします。作業中は入り口は閉じておきますね。他に現金も含めたその他の鹵獲品も収納しましたよね? 今後、艦長が生活費に困ることはなさそうです」


 ジンとサンゴウのコンビは、今回の案件で賞金稼ぎたちの飯の種を一時的にではあるが、完全消滅させてしまっている。


 その自覚がないのは、実のところ少々不味いのだが、別に悪いことをしたわけでもないのでまぁ良いのであろう。


 ちなみに、少々不味いのは、賊が消滅したことで稼ぎがなくなれば賞金稼ぎたちは別の星系へと移動していなくなるが、小惑星帯そのものがなくなったわけではないので、賊はいずれ湧いてくるからである。


 ジンとサンゴウが行った行為は、『相手が賊である』という点を無視するのであれば、どこをどう見ても『襲っているのはジンたち』となる。


 賊たちから見れば、ジンとサンゴウこそが自分たちの財貨を奪いに来る輩であり、賊であった。


 もっとも、当然ながら彼らにはそれを主張する権利など、微塵もないのであるが。




 ここからは余談となるが、ベータシア星系の惑星についてジンが疑問に感じた部分がある。


 それは、『惑星の名前について』だ。


 ジンの感覚からすると、「惑星に個別の名前ってないの?」という話で現状には違和感ありまくりだし、ナンバリングだけの惑星の呼称は味気なく感じてしまうのだ。


 けれども、この世界の住人にとっては、それについての認識が異なっていた。

 

 具体的にはこうだ。


 まず、ギアルファ銀河帝国では、恒星を基準にして、星系のみに個別の名前が付いている。


 あとはその恒星の周りをまわっている、軌道の内径の平均値が小さな惑星の順で、第一や第二のような形の数字で呼ぶだけで、惑星に対しての固有名詞がないのが当たり前のことになっている。

 

 ちなみに、内径の平均値となっているのは、楕円形の軌道でまわっていて、時間軸での切り取り方次第では、恒星からの距離を見た場合に、惑星の位置の順序が入れ替わることがあるのがその方式採用の理由だ。

 

 それはさておき、もしも個別の惑星名があり、それを使って認識するのが常識となった場合、ギアルファ銀河帝国では「膨大な数の惑星名」という固有名詞を管理せねばならなくなってしまう。


 その上、惑星名だけを知っても、「それって、どこのどの位置の?」といった情報を付属する情報として知らねば役に立たない。


 その点、この世界の現在の常識となっている惑星命名の管理方式は違う。


 〇〇星系の第〇惑星というのは、それだけでわかりやすい管理の仕方であり、一定の利点があるのであった。

 



 余談は終えて、本筋に戻ろう。


 時系列で言えば少し遡ることになるのであるが、ロウジュはジンと共に初の一夜を過ごしたあと、軽く入浴を済ませてから朝食を取るべく、食事に使っているスペースへと向かった。


 ポンコツ勇者ではあるが、ジンは持続回復魔法が使える。


 それ故に、ロウジュが初めての行為には付きものの、女性特有の身体的な痛みの兆候を見せた時点で、ジンは半ば無意識にそれを彼女に対して使ってしまっていた。


 そして、今現在のロウジュは、本来感じるはずの『肉体的違和感』なり、あるいは『苦痛』なりというものと無縁で、それらは微塵もない。


 なので、そういった面からの客観的な変化、たとえば『歩き方がぎこちない』とかはないのだ。


 けれども、幸せオーラは駄々洩れ状態だったりするので、ロウジュに事案発生があったことは他者からすると一目瞭然の状態だったりする。


 食事の場所で、そんな状態のロウジュと、運悪くバッタリ鉢合わせしてしまったランジュ。


 彼女は、幸せそうな長姉の状態を見て、『うらやましい』という感情が湧き上がってしまった。


 故に、ついつい言ってしまうのであった。


「お姉ちゃん。良いの? お父さまに怒られるよ?」


 妹からの、もっとも過ぎる指摘。


 それでも、ロウジュは全く動じることはなかった。


「そうね。多分、ものすごく怒られるわね。でもきっと大丈夫よ」


 ロウジュには父の怒りを躱す算段がないわけでもない。


 本来、今のロウジュが目論んでいる、『爵位すらない相手に伯爵家の長女が嫁ぐ』などということはあり得ないのだが。


 まして、相手がどんな立場であろうとも、婚前にアレコレなんて事態は以ての外である。


 それに加えて、ベータシア伯爵家には後継ぎの男子がいないので、条件は更に悪くなってしまう。


 しかし、だ。


 しかし、なのである。


 今回、ジンが行ったベータシア星系における宇宙獣の駆除。


 これは、『惑星ごと破壊する』という悪影響が大き過ぎる方法以外で駆除するとなると、ベータシア伯爵家がどう頑張っても不可能な事案であった。


 絶対にあり得ない仮定の話ではあるけれど、仮に帝国軍の所属一般兵が、単機突撃で今回のジンと同様のことを成し得た場合どうなるのか?


 ギアルファ銀河帝国皇帝からの、直接の叙爵が成されることは間違いのないレベルの偉業なのである。


 ジンが駆除した宇宙獣は、これまでにギアルファ銀河帝国内で確認されたことのない新種であったため、帝国軍でも殲滅に必要な戦力の割り出しは難しい。


 難しいのだが、『惑星や宙域ごと吹き飛ばす勢いでの攻撃は不可』という条件であれば、実際は、帝国軍の基準で最低でも一個軍が必要と見なされるレベルの相手だったりしたのである。


 ちなみに、帝国軍における一個軍とは、十個艦隊で編成される。


 一艦隊が二万隻で編成されるので、規模としては二十万隻の大軍が一個軍となるのだ。


 帝国軍においては、一艦隊を指揮するのに少将を以って充てる。


 五個艦隊で編成される半個軍の指揮には中将を、一個軍の指揮には大将を以って充てるのが運用上のルールとなっている。


 よって、一個軍が動員されれば、『艦隊の統率基準で大将一人、中将二人、少将十人が投入される』ということ。


 これだけで、莫大な戦費が必要になるのは容易にわかってしまう。


 また、『ギアルファ銀河帝国軍大将』というのは、法衣貴族での伯爵相当となっており、退役後の年金もそれに準じる額が支給されるのだ。


 以上のアレコレから、ジンの戦果が正当に評価されれば、一傭兵の平民の立場からいきなり一足飛びで、ギアルファ銀河帝国子爵へ叙爵されても全くおかしくないレベルなのである。


 しかも一個一個に年金支給が付く勲章も、複数同時に授与されるであろう。


 当然ながら、皇帝ではないベータシア伯爵には、ジンを子爵に叙する権限がない。


 伯爵から出せる名誉的なものは、領内軍で出せる勲章とそれに付随するささやかな年金だけだ。


 その他には、『報酬として領土内に自治権付きで惑星を与えるか、もしくはそれに相当する金銭で』ということになる。


 ちなみに、この場合の『惑星を与える』は、正式任官だと男爵の爵位が必要となってしまう。


 先に述べたように伯爵には叙爵権はなく、あるのは帝国への推薦権(伯爵の推薦権の上限は男爵)のみなので、推薦が通るまでは代官としてでしか遇せない。


 もしも、推薦が皇帝に認められなければ、ジンは代官のままである。


 ロウジュの考えとしては、長々と前述された諸々の状況を考慮し、伯爵家の現在の財政事情も踏まえると、まずジンを英雄に祭り上げて叙爵推薦を行うのが最適解だ。


 その上で、『サンゴウ』という類まれな戦力となる宇宙船を個人で所有する人物、すなわちジンとの間に、『繋がりを強化する』という大義名分をガッツリ振りかざして、ベータシア伯爵家は長女を嫁がせる。


 ロウジュ的には、『最後の『ベータシア伯爵家は長女を嫁がせる』が絶対に外せない重要な部分』であるのは言うまでもないであろう。


 ロウジュが目論む算段は、「『アリか?』それとも『ナシか?』」と問うたならば。


 これは、十分過ぎるほど『アリ』なのである。


 そのような目論見を持つロウジュは、大前提として、ベータシア伯爵家の当主である実父に主張すべきを主張せねばならない。


 手順として、彼女はまず「自身の望みと、伯爵家としての利益が合致している」と主張する。


 続いて、実父に対して、「ベータシア伯爵家は長女をジンに嫁がせるように、話を纏めてください」と迫る。


 そこから、「お願い!」という名の、実質選択肢のない脅迫に近い行為で、父親を説得するつもりなのである。


 当然ながら、切り札である『既成事実』というおまけ付きで。


 そのおまけの部分が、ジンにとっては激烈にヤバイのは、これまた言うまでもない話であろう。


 ロウジュほどに振り切れてはいないが、リンジュとランジュも、ジンに対しての好意は高い水準で維持されたままである。


 ロウジュの妹の二人は、もしも、父から政略結婚の相手としてジンを指定されたならば、喜んで嫁ぐ程度には好意が高まっている。


 ロウジュはそれを直感的に察知している。


 そのため、なんとか二人を説得し、一人でジンと対面でのお話をしたのであった。


 あえて悪く表現するなら、「姉の力で妹たちを押さえつけての、抜け駆けをした」とも言えるだろう。


 ただし、元々三人の姉妹仲は良好であったことと、ジンへの好意の大きさはロウジュのほうが突出していて遥かに大きかったことの二点が、最終的な結論に影響した。


 今回のロウジュからの説得を、妹二人が渋々ながらも受け入れたのはそれらが理由であり、この案件における真相である。


 もし、三人でジンの待つ談話室へと突撃していたならば、ロウジュが望んだあのような展開にはならなかったハズであった。




 小惑星帯での「お小遣い稼ぎ」という名の、賊の完全掃討と賊からの略奪が終わった。


 サンゴウは、ベータシア星系の主星である第三惑星へと針路を向ける。


 そして、喫緊でやることがなく暇になったジンは、この世界には存在しない金属であるミスリルを加工して、結婚指輪的な品物を自作し、ロウジュにプレゼントしよう思いついたのは良いものの、金属加工の段階で四苦八苦していた。


 彫金作業の経験がないど素人に、そんな高度なことはできるわけがないので、挑戦していること自体が無謀ではある。


 しかもジンが思い描いていた理想の精緻且つ立体的なデザインは、実のところ人の手では絶対に実現が叶わない代物。


 仮に使用する素材不問で単にそれと同じ形のモノを求めたとしても、立体プリンター的なモノを持ち出さなければできあがらないのだから、何から何まで最初から完全に詰んでいたりしたのだ。


 いくら勇者でも、初挑戦では苦手なことやできないことが当然のようにあり、人の手で物理的に実現不可能なレベルのモノを作るのは、さすがに厳しいのである。


 結局最後は、相棒のサンゴウにデザインイメージを伝えての、完全な丸投げとなってしまう。


 そのような仕事を丸投げされた側のサンゴウにとって、ミスリルは未知の金属であった。


 なので、チャッカリとジンに自分用のサンプルを要求した上で、生体宇宙船はミスリルの加工に着手したのだけれど。


 尚、サンゴウは旅客に対して全員強制で健康診断を行っているので、乗船中の各人の詳細な身体データを持っている。


 そのため、ロウジュの指のサイズも当然のようにわかるので、ジンによる彼女にとってのサプライズ演出が可能になる目があるのだ。


 もっとも、ジンは残念なポンコツ勇者でもあるため、それが叶うかどうかは定かではないけれども。


 こうして、ジンはベータワン関連の偽装工作をサンゴウと共に終え、ついでに小惑星帯を拠点として利用していた賊どもを一人残らず綺麗さっぱりと片付けてしまうことに成功する。

 ロウジュの実父に対する思惑には全く気づいておらず、ジンにはそこはかとない危険が迫っていたりするのだが。

 それを姉妹の会話から薄々察知しているサンゴウは、「艦長が乗り越えるべき試練」と判断してスルーしているけれど。

 サンゴウのそれは、「艦長は勇者であるが故に、最悪でも死ぬようなことには絶対にならない」という信頼のなせる業だったりするのは、些細なことであろう。


 この世界には全く存在しない、ファンタジー世界ならではのミスリルを使用して、通常の金属加工の方法では絶対に実現が不可能となる精緻なデザインの結婚指輪を、サンゴウに加工を丸投げした結果、あっさり手に入れることができた勇者さま。

 それを裸のままロウジュに渡す気満々で、素早く収納空間に放り込んでしまい、『せっかくの指輪に対して、専用のケースを作り、綺麗に包装してプレゼントする』という発想には届かないところが残念勇者丸出しのジンなのであった。

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最強勇者の後日譚 ~ランダム転移で異世界に飛ばされたファンタジー世界の勇者は、偶然出会った超科学文明が造り出した生体宇宙船を相棒にして、大宇宙で自由に生きる~ 冬蛍 @SFS

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