自分磨きの感染拡大

ちびまるフォイ

よくできたお人形

「……筋トレグッズじゃないじゃん」


家の宅配に届いた品は明らかに注文した

"モテモテバキバキ筋トレシリーズ"ではなかった。


大量の紙ヤスリ「自分磨きくん」だった。


「返品ってのものなぁ……」


返品には送料が発生するので、

なにかに使えるかと自分のものとすることに。


ヤスリについて調べてみると、自分の肌に当てるものらしい。


「おおすごい。めっちゃ削れる。これで肌キレイになるのかな」


紙ヤスリを体の上にすべらせる。

角質なのかわからないがボロボロと粉が出てきた。


ヤスリで削った後に外へ出ると、

道行く人の視線があきらかにこれまでとちがった。


「ねえ声かけてみようよ」

「えーーでもぉ」

「めっちゃかっこいいじゃん」


ヒソヒソと女の子の集団がこちらを指さしては、

まるで憧れの先輩でも見るような熱い視線を送っている。


これまでは見向きもされなかったのに。


「もしかして……自分磨けちゃってる……?」


ネットで見た「自分磨きくん」の効能。

それがホンモノであることがわかった。


家に戻るやすぐに服を脱ぎ捨て全身にヤスリをかけた。


「うおお! 痛ってぇぇぇーーー!!」


歯を食いしばりながらヤスリをかける。

これもモテるためには必要な通過儀礼。


全身を磨きに磨きをかけると、ますますイケメン具合が増した。


もはやすれ違う異性が振り返って崩れ落ちるのは当然。

芸能関係のスカウトが名刺をくわえてやってくる始末。


「どうかうちの事務所に!」

「なに言ってんだ! ぜひうちに!」

「タレントとして大成功できますよ!!」


「そうですね。ではみなさんで一番高い金額を出せたところにします」


スカウト同士の殺し合いが始まると、それを高みから眺めた。

そんなご待遇ができるのも自分磨きあってこそ。


タレントとしてデビューするや、一躍時の人となる。

歩くたびに地面を通して地球の反対側から黄色い歓声が湧き上がる。


主演映画が決まったとき、取材に応じることがあった。


「〇〇さんはイケメンでさぞモテモテな学生生活だったでしょう?」


アナウンサーは鼻息荒く質問した。


「……いえ、学生時代はそうでもないです」


「そんな馬鹿な」


「本当ですよ。あのときはまだ自分磨きしてませんから」


卒業アルバムのイモ丸出しな自分はもう見せられない。

あのときはゲームとアニメに夢中になり、自分磨きなんて概念すらなかった。


それが今じゃ……。


「……そういえば、ゲームとか全然してないなぁ」


自分磨きするときは毎日やりたいことがいっぱい。

時間が足りなすぎて、好きなことのために時間を使っていた。


今はそれもない。

なにを楽しみにして生きているのか。


久しぶりに昔のゲームを引っ張り出し、大好きなゲームを再開する。


「こんな感じだったっけ……」


あれだけ夢中になっていたのに、今は心がおどらない。

お気に入りのアニメを見返しても感動すらしない。


単に飽きたのかと思ったが初めての作品でも同じだった。

もう何も楽しめないし心も動かない。


「俺……どうしちゃったんだ……?」


最後に趣味らしいことをしたのはいつだったか。

自分が好きな食べ物を食べたことはいつか。


もう何も思い出せない。


自分磨き始めたのもモテたい気持ちがあったが、

今やそれすらない。モテ飽きたというより欲がない。


欲らしい欲もなくなっていた。


「まさか……」


心当たりはひとつだった。

家にうず高く積まれている「自分磨きくん」。


その公式サイトを再度チェックすると、

そこには小さな文字で注意書きがかかれていた。



※自分を磨きすぎると自己を失う可能性がございます。



「ふっ……ふざけんな! 自己を失うだって!?」


自分らしさを失ってまで磨く必要などない。

慌ててヤスリを全部捨てようとしたとき、マネージャーがやってきた。


「〇〇さん。次の仕事……ってなんですかその顔?」


「顔?」


「とてもタレントの顔とは思えないですよ。

 なんて顔ですか。ブスすぎますよ」


「はあ?」


鏡を見るとそこにはげっそりやつれた病人のような顔。

自分磨きヤスリをかけていないことで、徐々に自分がもとの顔に戻ったようだ。


「そんな顔がとても撮影再開なんてできません。もとに戻してください」


「い、いや! これが俺なんだ!」


「何言ってるんですか。稀代のイケメンがそんな顔なわけないでしょう」


「本当なんだ! 自分磨きしてないときはこうなんだよ!」


「だったら磨いてくださいよっ」


「磨きすぎると自分が消えるんだよ!」


これ以上に自分を削ったら、もう自分が自分じゃなくなる。

自分を失ったらいったいなんのために生きてるかも失う。


その恐怖に尻込みしていると、マネージャーはただ感情の無い顔で応えた。


「今のあなたなんて、誰も求めてないんですよ」


マネージャーの指示でスタッフがかけよる。

腕や足を抑えられてしまった。


「は、離せ! なにする気だ!!」


「あなたがどうしても自分を磨かないとおっしゃるから悪いんです」


「や……やめろ! これ以上の自分磨きは……」


「あなたは商品なんです。常に最高の状態でなければならない。

 そこにあなたの感情だのが入る余地なんてないんですよ」


「ぎゃああーーーー!!」


他人による容赦ない自分磨きが行われた。

全身に深く削られ、地面にはボロボロと粉が落ちていった。



「ふう……こんなものか。おいもう離していいぞ」



自分磨きが終わると、そこには無感情のイケメンが突っ立っていた。


「完璧だ。よし撮影再開だ」


「はい」


「もうこんな風に我を出すんじゃないぞ?」


「はい」


「1+1は?」


「はい」


「ようし。それじゃいってこい」


「はい」


タレント事務所の看板商品はカメラの前にたち、

磨きに磨かれた自分の姿をそのレンズに余す所なく収めた。


もう彼がゲームだのアニメだの。

どういう風に生きたい、何を食べたいとか。

そんなことを言うことは一生なかった。



ただ一方。


削りに削られた自分磨きの後の粉。

いまだ掃除されていない粉たちは違った。


(ああ……めいっぱいゲームがしたい……)


(アニメがみたい……)


(大好きな映画を見たい……美味しいご飯が食べたい……)


本体から削り落とされた粉たちは、

今もかつての欲求の結晶として吹きだまっていた。


ピュー、と強い風が吹く。

自分磨きで古い落とされた自我の粉は風にさらわれる。



やがてどこかの誰かが粉の1粒でも吸い込んだとき、

また新しい場所で自己を芽生えさせた。



「ああ……。なんかめっちゃ今ゲームしたい……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

自分磨きの感染拡大 ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ