今日だけ俺がサンタ代行

白神天稀

今日だけ俺がサンタ代行

 友達、クラスメイト、親も全員クリスマス。俺だけスケジュールがホワイトクリスマス。


「くそがっ……」


 望月ハヤト十七歳。人生のクリスマス最低記録を更新した。


 彼女がいないのは良い。これまで通りだ。問題は友達にまで見捨てられたってことだ。

 家族で過ごす奴、他のダチ同士で遊びに行くのは許そう。けど今日のために急ごしらえで彼女作って予定ぶっちした奴らだけは許せねえ!

 ゲームサーバー入ったら全員からクリスマスデートのチャット飛んできた俺の身にもなってくれ。


 ウチの両親は俺がゲーマーたちと傷の舐め合いするの見越して、二人でクリスマスマーケット行ってやがる。息子より熱い予定してんじゃねえよ四十路二人!!


 おまけに大雪積もってる始末。みんなはしゃいで、まあインスタはキラキラしてることだ。俺を殺すクリスマスカラーの光でな。


「意を決して誘おうとした中倉さんも友達と遊ぶって言ってたし、どうしてこうなった俺のクリスマス……!」


 暇すぎて公園のベンチで独りキレてる。負け犬らしいクリスマスの過ごし方だクソったれ。


「おぶっ」


 それで今、雪玉が一発顔面に着弾したとこだ。


「あわっ、あ、ごめんなさいっ!」


 雪を払うと、小学校低学年ぐらいの男の子が泣きそうな顔で俺を見てた。


「ああ、良いよ。遊ぶなら気を付けてな」


(ラッキーだったなガキンチョ。お前が中学生カップルの片方だったら俺は雪玉クーリングオフしてたとこだ)


 男の子は行儀よく頭を下げると、また雪で遊び出した。

 今度は投げないで、雪だるまでも作れそうな雪玉を作ってる。公園で一人いそいそと。


 しばらくは俺も見てるだけだったが、一向に保護者も友達も現れる気配もなし。雪玉は運動会の大玉サイズになったところで、我慢できなくて話しかけた。


「なあ坊主。一人みたいだけど、友達とか今日は来てないの?」


「うん、みんなはおうち! お外は寒いから来ないって」


「インドアだな、今時の子供って。俺の時代でも雪の日ぐらいは雪遊びしたぞ」


「だから今ね、サンタさん待ってるの!」


「サンタさん?」


「うんっ! 一緒に遊んで欲しいから!」


「サンタさんに雪遊びは重労働過ぎんだろ……あの巨体じゃ流石に無理あるって」


「そう、なんだ……」


(あ、やっべ)


 今のは無神経すぎた。流石にサンタ信じてる子供の夢壊すもんじゃないよな。


「ほっ、ほら、サンタさんは夜のプレゼント配達の準備してっからさ! ところで、父ちゃん母ちゃんは遊べねーの?」


「パパとママはお仕事で、お姉ちゃんもお友だちと遊びに行ってる。夜はパーティーするって約束だけど……」


「親はともかく姉貴よ、弟を放置すな。そりゃこんな雪積もったクリスマスに小学生が一人だと、寂しいよな。お前、名前は?」


「ユイト!」


「ユイトか。良い名前だな」


 ベンチで冷え切ったケツを上げて、俺はユイトの前にしゃがんだ。


 こんな惨めな日に、ガキのしょぼくれた顔なんて追加したくないからな。

 今日だけはクリスマスの魔法とやらでカッコつけさせてもらうぜ。


「うっしユイト、今日だけ兄ちゃんがやってやんよ。サンタ代行な!」


 子供ってのはこういう時に可愛いもんだよな。

 遊んでやるって言ったらイルミネーションより目ん玉キラキラさせて喜ぶんだから。


「ホント!?」


「ああ。普通の遊び相手ぐらいしか出来ないけどな」


「じゃあ、じゃあ、雪だるま一緒に作って、サンタのお兄ちゃん!」


「いいぜ! これは流石に、兄ちゃんも頑張らねーと完成難しそうだけど」


 俺は既に自分の首元まで巨大になった雪玉を前に、「こっから上に乗せんのか……」と溜め息つきながら雪玉を作り始めた。



 公園の地面も大小バラバラな七体の雪だるまが出来た頃には、雪化粧は落とされてた。

 一番大きな最初の雪だるまは、ジャングルジムを使って無理くり作った俺の力作として公園の奥にそびえている。


 我ながら壮観だなと眺めると、小さなくしゃみが横で鳴る。


「へ、へきゅっ!」


「あ、ちっと冷えちまったか。結構長いこと遊んでたからな」


 生憎ホッカイロやマフラーも俺は持ってない。


 周りを見渡すと、近くのカフェがクリスマス仕様の外装で営業してるとこを発見した。


「せっかくだ、昼飯行くぞ」


 手も冷たくなるほど遊び疲れたユイトを連れて、ひとまず暖かい店の中に入った。



 適当に頼んだスープを飲ませながら、ユイトは丸い目をメニュー表で走らせる。


「サンタさんのハンバーグ、エビフライ、パイシチュー、オムライス……!」


「まてまてまて、夜の分は腹空かせとけよ!? きっと母ちゃんがケーキとかチキン出るから!」


 完全にユイトの目はクリスマスバージョンの料理に奪われてた。

 よだれが垂れそうな勢いでメニューを目で反復横跳びしてやがる。


「ああもう、そしたらこのクリスマス限定お子様プレート頼め! エビフライもオムライスもあるから。こっちのハンバーグセットは兄ちゃんが頼むから、好きなだけ分けてやる」


「良いの!?」


「ああ。どうせ使う予定のねえ財布の中身だ。持ってけドロボー」


 万が一でも女の子から誘いがあった時の為に入れてた金だ。虚しくなるからむしろ減らしてくれ。



 ※



 腹も満たされてご満悦なユイトを連れて、俺は店を後に街中をウロついた。胃の中身を少しでも消化するために。


「おいしかったー! サンタのお兄ちゃんごちそうさま!!」


「おうおう、良かったな。残った七割ぐらいは俺も食ったからこっちも腹いっぱいだ」


 お子様プレートのサイズが誤算だったのは、プレゼントでパンパンな俺の胃腸が訴えてる。


 そんな最中、俺の上着を羽織らせてユイトを歩かせてると、スーパーの目の前でトナカイ衣装を着た店員の姿があった。


「なんだあれ? スーパーもイベントやんのか」


 ハンドベルを鳴らして店員は一生懸命客寄せしてる。


「クリスマスセールだよ! 今だけ、カンガルーの肉もあるよー!」


「どこ需要だそれ! そこは七面鳥とか牛とか勧めんだろ。急に南半球の肉きてサンタさんも混乱するぞ」


 思わずツッコんじまった直後、店員の横を指さしてユイトが叫んだ。


「こっ、タスビー! タスビーいるよ、サンタのお兄ちゃん!」


「え? あ、最近流行ってる……」


 店員の隣には有名なマスコットキャラの着ぐるみがサンタコスで手を振って立ってた。


 タスマニアデビルモチーフの『タスビー』ってマスコット。可愛い二割、怖いとキモいが四割な造形なんだが、その絶妙なバランスが子供や女子にウケてるとか。

 俺はちょっと理解できないけど。


 そんなゆるキャラが今は女子高生が一緒に写真撮ってる。


「しゃしん! しゃしん撮るの!」


 子供ってああいう着ぐるみに弱いんだよ。これ写真撮らせるまで帰らないやつだ。

 スーパーのイベントだとこういうのは商品買うまでがセットなんだが、仕方ない。



 ユイトが気が済むまでタスビーと戯れさせて、俺は後ろでそれを眺めてた。

 カメラを起動してると、生温かい目で店員が話しかけて来る。


「弟さん大喜びですね~」


「ああいや、弟じゃ――」


(待て、よ? もしかして俺、今更だけど結構ヤバいことやってる?)


 え、近所の子供と遊ぶノリだったけど、よく考えると俺って住所も知らんガキ連れ回してる不審者男性じゃね? え、通報されるやつかこれ!?


「はひっ、兄です」


 通報回避だ。もう兄ってことにしよう。余計なこと言われる前に。


「ところで店員さん、クリスマス用の菓子折りあります?」


「菓子折り? お菓子の詰め合わせセットならございますよ!」


「しょれ、買わせてくだひゃい……」


(菓子折りの一つでも家まで持ってかねーと誘拐犯扱いされる!)


 俺はカメラマンの仕事が終わると、急いでスーパーの菓子折りコーナーを回り始めた。



 ※



 包装紙付きのクリスマスの菓子セットを提げて、ユイトから聞き出した家に全速力で向かった。

 途中で道に迷ったこともあって、すっかり街灯がつき始める時間になっちまった。


「頼む、まだ誰も帰ってきてませんように……」


「あ、ここだよー!」


「やっべ、家の電気付いてる!」


(仕方ない。せめて帰ってきた直後でありますように。警察呼ばれてませんように)


「あれ、ユイト? どうしたんだ、家の外に」


「あ、パパ!」


 願い届かず。背後からユイトの父親の声が聞こえて来て社会的死を悟った。


「ん? きみ、どちらさ――」


「すいませんでしたー!!」


 振り向きざま、速攻で頭を下げてクリスマスカラーのお菓子セットを父親に突き出した。



 戸惑ってる父親に俺もテンパったまま、一部始終をありのまま話した。


「そうか、息子と遊んでくれていたんだね」


「自覚なかったとはいえ、息子さんを連れ回してしまってすいません! 勿論、ユイト君には変なこととかしてないので!」


「ああ大丈夫、気にしないで。息子の留守番を気にかけてやれなかった私達に責任はある。寧ろこの子を見ててくれてありがとう」


 ユイト父の言葉に全身の力が抜けた感覚があった。勢い余って涙腺も緩みかけた。


「ところでハヤト君、だったね。今日予定とかあったりしたのかな?」


「いいえ、ないです……本当、友達とも家族とも恋人とも予定ないです。明日も明後日も」


「あ、そうだったの。ごめんね、デリカシーなかった」


「あ、いえ、すんません余計なコト言いました……」


 ユイトと過ごしてて忘れてた現実がここにきて押し寄せた。今になって雪遊びしてた時の寒さが戻って来た感じだ。


 だけどユイト父は暖かった。暖炉の火かと思うぐらいに。


「もし良かったらウチに上がって行ってくれないかな? 息子のお礼も渡したいし」


「いやそんなっ、全然気にしないでください! 急で奥さんとかも困るでしょうし」


「問題ない。実は上の娘が一人急に来れなくなったと昼に連絡があってね。料理を余らせてしまうぐらいなら、君にごちそうさせてくれ」


「良いんすか? せ、せっかくなんでお邪魔させていだたこう、かな……」


 満更でもなかった。

 思わぬ誘いはこれ以上ないクリスマスプレゼントだ。今朝までの鬱屈さが雪に解けて目から流れそうになるほど、誘いが嬉しくてたまらなかった。


 ――その誘いが今日の報酬だとしたら、その先はきっと本当にサンタからの贈り物だったのかもしれない。


「お父さんおかえ――へっ、望月くん……?」


 家の中からひょこっと顔を出したのは、俺が片思いしてるクラスメイトその人だった。


「なっ、ななな、中倉サンっ!?」


 トナカイの鼻と同じぐらい、俺の顔は真っ赤になっていたと思う。


「サンタのお兄ちゃん、こっちこっち!」


「おわ、ユイトっ……!」


 上機嫌なユイトに手を引かれて、俺はチキンとケーキの匂いで満たされた家の中に入っていった。

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