第2話
コンビニの袋を床に置き、僕は手の感覚を頼りにして部屋の明かりをつけた。
「あー……ダメだ。気分悪いかも」
気分転換になるかもとテレビの電源を付けておく。
ゴミ箱から溢れた丸められたティッシュ。いつのものかわからない異臭を放ったカップ麺。仕事で使っていた資料が透明な袋にまとめられて山積みになっている。
最近のニュースだとこの状態をセルフネグレクトと言うらしい。
どうして僕はこんな風になってしまったのだろうか。……いや、そもそも人ではないらしい。医者に言われた言葉を思い出して、ため息を吐く。
重たい体を動かして僕はお湯を沸かす。何も食べないよりはいいだろうと、今日もカップ麺だ。
『――次のニュースです。――話題の新型の病に――補助金が――』
言われている内容が頭に入ってこなかった。お湯が沸く音と車が通る音、ニュースの音、耳に入ってくる色んな音のバランスが壊れたみたいだ。
壁にかけられたカレンダーに視線をやると、何も書き込まれていないのが目に入る。その中で一番大きく書かれている九月という文字。
「いつ夏が終わるのかな」
カップ麺にお湯を入れ、待つ間に缶酒を開ける。
暑さは続けども季節は巡る。その早さについていけてないのは僕のほうだった。小さいころはもっと自由な感覚があったのに、どうして僕は早く大人になりたいと願っていたのだろう。
カップ麺に手を付けようと、箸を割ったところでスマホの着信音が鳴った。思わず体が跳ねる。
「今日は休みもらったはずなのに……」
着信相手は上司からだった。
今日は病院に行くため無理を言って有休を使わせてもらっていた。病院での検査結果を教えてほしいということだろう。あの騒々しい声を聞くだけでまた体が重くなってしまいそうだった。
どうしたものかとカップ麺とスマホを交互に見比べていると、やがて着信音はおとなしくなった。
胸を撫でおろして僕はようやく夜ご飯に手を付けることにした。
病院からは『ヒトモドキ』についての資料を貰っていた。
軽く読んだが、『ヒトモドキ』とは形としては人のままを保っていながら、限りなく人に近い何かに変わってしまうことらしい。なんだかよくわからないけれど、それは人でもいいじゃないかって思う。
ヒトモドキになっていたとわかった人は役所で精神衛生課に行って、様々な諸手続きをしなければいけないということだ。なるべく可及的速やかに。
精神衛生課なんて聞いたことがない。福祉センターであればわからないでもないけれど。
ただでさえ休みの日は外に出ていたくないというのに、行かなければならないというのが憂鬱感を増させる。……明日はシフトの関係で休みだから連絡は気にしなくてもいいか。
「休み明けの仕事量……考えたくないな」
またどんよりと肩が重くなる。僕は食後用に出された『ヒトモドキ』用の薬を飲んでベッドに横になる。
薬のせいか、原因がわかったことによる安心感か、今日の夜はすんなりとまぶたが落ち、意識は深い闇に飲まれていった。
ヒトモドキ 劇薬Q @poison_question
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