ヒトモドキ
劇薬Q
第1話
「――検査の結果ですが、あなたは……ヒトモドキですね」
「はい?」
耳なじみのない言葉に思わず聞き返してしまった、
目の前の真面目そうな医者は表情を変えずにそう言った。
聞きなれない単語だ。ヒトモドキ? 人もどき? 人じゃないのだろうか。頭の中で脳内変換をしたとしても、うまくすんなりと飲み込めない。
左胸がきゅうと締め付けられる、背中には鈍痛が広がっていた。肩は誰かがのしかかっているように重い。つまるところを言えばここ最近は体調が悪かった。
そして、僕はあれやこれやと頭を調べられ、心電図を取られ、血液検査をし、半日にもわたる検査の結果を聞いて、この言葉が告げられた。
「ええ、一般の方にはあまり浸透していないようですが、我々の中ではもう常識になっています」
「は、はぁ」
「そうですね。具体的に説明するならば、あなたの髪の毛は十年前と同じものとは言えませんよね?」
僕は医者に向かって縦に首を振る。
今年二十四になる男で、身だしなみにはそれ相応に気を付けているつもりだった。忙しくても二か月に一度ぐらいの頻度で美容室には通っている。当然、十年前の髪なんてとっくの昔に切り落としているだろう。
「髪の毛と同じように体の細胞も六年から七年で入れ替わります。その際、何らかの不具合が体の中で起こり、徐々に人ではなく、ヒトモドキになる。と今では言われています」
六年から七年。そう言われてちくりと胸が痛んだ。その頃の僕は丁度高校生だった。
「あなたの症状と検査結果で判明した事実です。治療法も確立していません。なにせ、体の細胞がヒトではなく、ヒトモドキになってしまうのですから」
「そんな……。じゃあ、今までの僕は……」
「……ヒトモドキのまま生活して、症状がようやく現れてしまったというところでしょう」
そう言って、医者は僕から目線を逸らして前髪を整えた。
医者の妙に平静な声が僕の気持ちを少し逆なでする。
思い出したくもない高校生活を生き延びて、死に物狂いで入った有名大学。就職活動を通じて、今お世話になっている会社になんとか入社できた。
僕は今まで人じゃなかったのか? 頑張ってきた僕はいつも爆弾を抱えていたってことなのか。
「治療法はありませんが、あなたの症状が少しでも楽になるように、ヒトモドキ用のお薬を出しておきます」
椅子を回転させると、医者はキーボードを鳴らしてカルテに打ち込んでいった。
「お疲れさまです。あとは待合室でお待ちください」
看護師に促されて、僕は立ち上がった。
待合室には誰もいなかった。それもそうだった。半日も検査をして通常の診療時間などとうに過ぎていた。
待合室から見える外は暗かった。僕はぼんやりとそれを眺めながら思う。
いつの間にか僕は人じゃなくなっていたらしい。
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