人生レコーダー

渡貫とゐち

記録媒体は人間。

 なにかあった時のために。

 なにかあってからでは遅いのだ。


 常時、カメラを起動させることはできず、かと言って町中の監視カメラでは死角が存在する。事故、事件が起こった後で証言が信用できなければ証拠映像が最も有力になるのだが、都合よくその場を撮影できているかは怪しいものだ。

 ドライブレコーダーが導入されたことによって、多くの事故が真実の通りに裁かれるようになった――しかし人生においては、まだまだ冤罪は存在する。


 やってもいないことをやったと証言されてしまうこともあり、やっていないことの証明をしろと言われたら難しい。悪魔の証明だ。

 説明を強いてくる相手はまるで悪魔だった。

 有名人ともなれば説明責任を求められる。周りを見れば、どいつもこいつも悪魔になっているような状況である。

 ドライブレコーダーのように、人生にもレコーダーがあればなあ――――しかし、体内にカメラを搭載することはできない。数十年後の技術だろう。

 いいや、数十年でも厳しいかもしれない。

 が、体内にカメラを仕込むのでなければ、技術は充分に進歩していた……体内にカメラを仕込む必要はない。レンズは既にふたつ、人間にはついているではないか?


「両目のこと?」

「そうだね、この両目さ」


 白衣を纏う二人組だった。

 とある研究室。男女で研究室に数日も泊まり込んでいながら、一向に関係性が進展しないふたりである。互いに進展を望まなければ進展するわけもなく、当然の結果だった。


「両目で見た映像は記憶の中にある。つまりハードディスクだ。当人が忘れてしまっていても、それは引き出しを開けても目的のものを取り出せないだけで、映像自体はそこにある。それを、強制的に引っ張り出すのが人生レコーダーの効果さ」


 頭に電極をぶっ刺して。

 ……極悪非道な実験みたいな見た目だが、効果はあった。電気ショックで脳内の映像を引っ張り出し、パソコンでデータ化する。

 高性能カメラで撮影した映像よりも現実に近い画質である(パソコン側のスペックも必要とされるが)。

 当人が見た一日を追いかけることができる。電気ショックの強さを調整すれば、過去十年分……いいや、さらに遡ることもできるだろう。

 赤ん坊の頃の記憶だって、無くなったわけではないのだ。

 記憶は全て、脳内の引き出しの中にある。人は、それを開けられないだけなのだ。


「人生レコーダーかあ……。見たもの全てが映像化されるのは嫌よね……視界は広いけど、どこに視線が集中しているのか、知られてしまうわけでしょう?」


 男性の視線は女性の胸へ。女性の視線は男性の筋肉へ、などだ。

 プライベートな部分が丸裸にされているが、レコーダーの性能が信用できることを体現しているとも言える。

 フェイク動画ではなく正真正銘、当人の脳内から引っ張り出してきた映像なのだ。その場に居合わせた、別の人間の映像も――――たとえば対向車の運転手から映像を引き出せば、お互いの背後の映像を確認することができる。

 人の目がある限り、死角は存在しない。

 ただ、ひとりきりでその場にいた、となると死角は存在してしまうが……。


「他人のプライベートに興味などない。どんな趣味があろうが知ったことではないんだよ」

「あなたがそう言っても、見られる側は嫌なのだけど……まあいいわ。あなたの場合、悪用をしてもバカにはしないものね」

「悪用もせんが。……それを、まあいい、としてしまえるところは、お前は充分に頭のネジが外れてるよな」


 ふたりとも、マッドサイエンティストではないのだが。

 将来、きっと人間を救う技術である。人生レコーダー……後々、人間だけでなく動物が見た映像を引っ張り出すことができれば、社会に死角はなくなるだろう。

 動く監視カメラであり、人間が入れないところまで撮影してくれる優れものだ。

 小動物、猛獣、さらに昆虫まで映像を引っ張り出せるとなれば、証拠映像だけに留まらず、生物学にも貢献するかもしれない。

 動物たちはどんな世界を見ているのか。そしてどの部分を意識して見ているのか……動物のフェチが分かるかもしれない。

 男が胸を、女が筋肉を見ているように。

 動物同士でもついつい見てしまう部位があったりして――――


「技術の進歩は喜ぶべきことだけど……便利なものには必ず、悪用する人がいるからねえ」

「ほお、そんな奴がいるのかね?」

「案外、すぐ近くにいるかもしれないわね?」


 肩をつんつん。

 大げさに白衣を翻す男は聞かなかったことにして、話題を逸らす。


「動物……特に小動物か。記憶を盗む時、問題は電気ショックに堪えられるかだが……」

「死体になってしまえば記憶は取り出せないのよね? 死後数秒なら……まだセーフ?」

「それを受け入れてしまえば、殺してはならない、という緊張感が薄れるだろ」


 実験体は殺さずに。

 当たり前のことだが、実験をおこない過ぎると麻痺してくるものだ。

 素材は世界中にたくさんいる。今後も増え続ける。世界にいるだけで監視カメラとなるのだから、壊れても悲観することではない。

 これこそ、ネジが数本、外れてしまっている思考だったが。


「ちなみに、君が想定している悪用とはなにかね?」

「あら、参考にするの?」

「データとしてだ」


「それはあなたの逃げ口上なのかしら。まあいいわ……悪用、と言っても、仕方ないことではあるのだけど……映像を確認する時、確認している側は映像を見ることになるの……当然だけど」


 それは当然だ。見なければ分からない。

 他人の脳から引っ張り出してきた証拠映像を確認しなければ、事件や事故を解決することはできないのだから。


「他人のカメラロールを吟味できるってことよね? さらに言えば、他人の目が盗撮……のようなことをしていれば、撮影者をカメラとして、確認者は盗撮したカメラデータを抜き取ることができる……誰もが手を汚しているけど、誰にも露見しない。これこそ、証拠がない悪用なんじゃないかしら?」


 よくあることだった。

 裁く方が、悪人であることなど。




 …了

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人生レコーダー 渡貫とゐち @josho

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