その問いのベストアンサーが分かりません!

羽間慧

その問いのベストアンサーが分かりません!

 遅刻して試験会場へ行くと、道中で助けた人と遭遇。しかも、実はかなり高い地位だったことが判明する。己の都合より他者を思いやれる優しい心を認められ、棄権を免れた上に合格を勝ち取る。そのような実話は、助けた人も知った人もほっこりとさせられます。


 私も試験の日に、助けを求めて来た人と出会いました。八月下旬の昼過ぎ、教員採用試験二次試験の面接会場へ向かっていたときのことです。そのころの私は、まだ二十代前半でした。


 十四時四十分からの面接のため、早めに家を出て、駅近の飲食店で食事を取るつもりでした。しかし、お昼時の混雑した店内に、やめておこうと思わされます。サンドイッチをコンビニで買い、そばの公園で食べることにしました。炎天下の中でも枯れずに生き残った雑草は、青々とした葉を目いっぱい伸ばしていました。暑い野外で遊ぶ子どもはおらず、ベンチも空いていました。面接ノートを見ながら手早く食事を済ませ、会場へ移動するために身なりを整えます。


 声をかけられたのは、そのときでした。彼女に振られて失意のどん底にいた青年は、見た目の清潔感からは考えられない頼み事を言ったのです。


「すみません。自分のナニをしごいてくれませんか?」


 ヒールを履いた足はすくみ、大声を出すこともできませんでした。下半身を露出していない普通の男性にもかかわらず、不快感が湧き上がってきます。白昼堂々と悪びれもせずに頼んできて。頼まれる側の気持ちが考えられないのだろうと、吐き気を覚えました。見ず知らずのスーツの女性を、自分の性処理をしてくれるかもしれない相手だと認識していることが、ただただ怖かったです。


 イケメンの筆下ろしなら大歓迎だったのではないか、という次元の問題ではありません。自分は脱がなくてもいいと言われたとしても、好感度ゼロの相手の竿を握るのは生理的に無理です。荷物を運ぶ手伝いや道案内ならともかく、体を慰めることに優しさを発揮できません。


 逆上させないように断り、どうにかその場を離れました。死にたい消えたいと心の中で呟きながら、面接会場へ足を動かします。110番通報をする思考は、冷静さを忘れていては浮かびませんでした。

 自己肯定感が下がりまくった状態では、自己PRを語れる気力が最大値まで戻りません。SNSの呟きでほんの少しだけメンタルを回復させ、試験に挑みました。


 結果は不合格でしたが、しごいてほしいと言われたことの方がショックは大きかったです。

 公立の学校の先生にはなれませんでしたが、私立で雇ってもらえたことはせめてもの救いでした。


 試験会場で昼食を食べられない場合は、人通りの少ない公園で済ませようとしない。それが最も嫌な試験のエピソードで、私が得た教訓です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

その問いのベストアンサーが分かりません! 羽間慧 @hazamakei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画