最終話:暁は来る。

 弦が静かに鳴り止んだ。その代わりに拍手喝采がデンウィルヒルに鳴り響いた。ラグナロクを迎えた後のアドンの姿に、涙を流す者もいた。少なからず、あの誰よりも勇猛であったバギンドウルが泣いていたのだから間違いない。やはりアドンは英雄だ。俺たちの先祖アドンは誰よりも英雄であったと讃えあった。

「けどよ、詩人さんよ。」涙に涙するバギンドウルの代わりに部下のギンドゥイングが尋ねた。「その後アドンとイーヴヴェリエはどうなったんだい?他の生き残りは見つかったのか?それだけが気になって仕方ねえ。」

「結局アドンとイーヴヴェリエはラグナロク後の世界を彷徨いましたが、生き残りを見つけることは出来ませんでした。その代わり、二人の間には一人の男の子が授かったと言われています。」詩人は物語を補足した。

「へーえ、それが俺たちヴァイキングのルーツってわけかあ。英雄アドンに乾杯だな!しかし俺たちも初めて聞いた話をよく知ったんな。まるで親の武勇伝を伝え聞いたかのようだぜ。」その言葉を聞いて泣いていたバギンドウルがはっと気づきこう尋ねた。

「待てよ。お前さんアルディヴァルって名前を名乗ったよな。アルデは英雄アドンを起源に持つ名前。イヴァルはイーヴヴェリエの由来だ…と、言うとまさかお前さんは!!」そう尋ねようとしたらまるで影が闇に溶け込むように詩人の姿は消えていた。ヴァイキングの一味はこの事に大変肝を冷やした。だが、確かに一つの確信を得た。あの詩人は英雄アドンの末裔であると。我々ヴァイキングの勇猛さを讃える為に天からやってきたのだと。「俺たちは勇者だ!」バギンドウルが音頭を取って高らかに宣言した。夜更けも過ぎて暁の赤が彼らを照らそうとしていた。


___その後ヴァイキング達の軌跡は我々の知る歴史書に記されたが、その彼らの心に寄り添ったエインヘリヤル、アドンの物語とその結末については残念ながら多くの戦争と共に資料が散見し、忘れ去られてしまった。その為、デンウィルヒル近郊に住む人々の口伝えで紡がれてきた物語をまとめたものである。わたしは、この物語の存在を英雄バギンドウル伝説から知る事になった。ヴァイキングとして誰もが知るであろうバギンドウルが成した功績、所業は北欧史を学ぶもの達に取っては主要とも言える研究テーマだが、バギンドウルと宗教と言う観点では誰も触れてこなかったのは意外である。それだけ、彼が人間として行なった功績ぐ後世に与えるものが大きかったのだろう。誰も通らなかった道を進む事にしたわたしは、このバギンドウルを通じて英雄アドンに出会い、さらにラグナロクのリーヴとリーヴスラシル以外の再生神話を発見するに至ったのである。しかし、バギンドウルのデンウィルヒルの逸話には疑問点が残る。詩人の存在だ。

ラグナロクは他の宗教でも見られる"終末論"のひとつとして分類されるが、バギンドウルは詩人アルディヴァルを英雄アドンとイーヴヴェリエの子であると察したようであった。つまりこの世界がラグナロクを迎えた後の世界である事を示唆している。本来なら未来の話であったラグナロクが過去の話としてこの物語では語られているのだ。もし、この話が事実であるならば、この世界は一度滅びを迎え、そこから再生してきたと言う事になる。人類は幾多もの困難に直面し、それを乗り越えて来たのは歴史の真実ではあるが、もしこの話が事実であるならばラグナロクほどの事象をどのように乗り越えて来たのだろうか。それとも、詩人が咄嗟の思いつきで吹いたほら話なのだろうか。その点については興味深く、さらなる研究に期待できる。

 この本を制作するにあたり、多くの方々の協力が不可欠であった。ヴァイキング史を専門とするアンキス・ドゥイン助教授。また、北欧神話を専門とするギュルヴィ・ノフト氏。アース出版と編集の紹介をしてくれたヴェルディ・バギン氏。また、この著作を日本語に翻訳してくれたテルノブ・オダ氏にも感謝したい。せめてこの著作が一人でも多くの手に渡り、バギンドウルのさらなる研究と資料が失われた事で歴史の裏に消えそうになった英雄アドンの伝説、またラグナロクのもう一つの側面に触れてほしい。そして、この物語が北欧神話の終末を解き明かすカギになる事を期待している。そう、まるで終末の暗闇に取り残された英雄アドンが希望を拾い集め、イーヴヴェリエと共に暁が来るのを願ったように。

最後に、英雄アドンとイーヴヴェリエに最大限の敬意を払い、この筆を置く事とする。

___アルダン・イヴァリースー著

『暁は来る』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

暁は来る ダゴン先生 @HappyCremation

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画