人間になりたい猫

にゃべ♪

地域猫は人間に憧れる

 瀬戸内海に面した街、舞鷹市。そこには地域の住民から愛されているサバコと言う名前の2歳のメスの地域猫がいました。彼女は人から愛される内に人間になりたいと言う夢を持ちます。

 しかし、どうすればその夢が叶うか分からず、心の中のモヤモヤは大きくなるばかりでした。


「あたい、猫もいいけど人間になりたいの!」


 1匹で悩んでいても何も解決しないので、サバコは出会う猫全てに聞いて回ります。けれど、誰に聞いても「なれる訳がない」とか「現実を見ろ」とハンコを押したように同じ事を言われ続けました。

 そんな日々が続き、もう誰にも自分の夢は口にしないとあきらめていた時です。ふらっと彼女の前に現れたのが旅の狐でした。彼は道端に倒れていたのです。


「まあ、大変!」


 動けない狐のためにサバコはとあるご家庭の焼き魚を失敬して与えました。彼は夢中になってそれを食べると、すっかり元気になります。


「有難う、もう三日食べてなかったんだ。魚は初めて食べたけど美味いんだな」

「お腹が空いてたら何でも美味しいわよ」

「確かにな。それじゃあ失礼するよ」


 狐はそう言うと立ち上がってジャンプしました。飛び上がってくるりと回るとぼわんと煙が上がって、次の瞬間にはチャラいにーちゃんへと姿が変わります。そう、この狐は化け狐でした。

 初めて動物が人に化けるのを見たサバコは感動します。


「すごい! ねえ、私も化けられる?」

「お、化けるのに興味ある? 人間になりたいの? いいよなあ人間は」

「うん、なりたい。あたい、人間になりたい!」

「それなら学校に通って学べばいい。猫なら化け猫だな。きっとなれるさ」


 狐はサバコに学校の場所を教えました。自分の名前を出せば入学試験を受けられるぞとアドバイスもしてくれます。それらの情報をしっかり覚えたサバコは、すぐに学校へと向かいました。夢が叶う嬉しさで普段の3倍のスピードで駆けていきます。

 学校は廃村の中にありました。昔は古寺を教室にしていましたが、今は廃校になった人間の学校を利用しているのだとか。飲まず食わずで3日も走り続けて辿り着いたサバコは、校門の前で倒れてしまいました。


「あれ? あたい……」

「気がついた? あなた倒れてたのよ。いつから食べてなかったの?」


 優しそうな保険の先生が心配そうな顔で覗き込んできます。普通の人間の女性に見えますけど、猫の言葉が分かる以上はこの先生も動物が化けているのでしょう。

 サバコは目覚めたばかりで何も分かりません。ベッドから起き上がると、キョロキョロと周りを見渡しました。


「ここは?」

「ここは保健室。まずあなたに必要なのは食事ね。猫だったらこれでしょう?」


 先生はニッコリと笑ってちゅーるを差し出します。お腹が空いていた彼女は夢中になって胃袋に流し込みました。食べる元気があると分かって、今度はウェットなキャットフードも用意してくれました。当然これもペロリと平らげます。

 胃袋も心も落ち着いてきたところで、サバコは先生の顔をじいっと見つめました。


「あの、ここは化け学の学校ですよね? あたいを入学させてください!」

「まぁ突然ね。一体誰から学校の事を?」


 保険の先生からの質問に、サバコは待ってましたとばかりに狐の話をします。興奮しながら身振り手振りを加えた彼女の話を最後まで黙って聞き終えた先生は、とびきりの笑顔を見せます。


「分かった。あの子の恩人ならお願いを聞かない訳にはいかないわね。任して」

「有難うございます!」


 こうして話はトントン拍子に進み、サバコは編入試験を受ける事になりました。これは人間に化ける能力があるかどうかを調べるためのもの。簡単な身体測定と心理テスト、後は面接で入学出来るかどうかを試されます。

 彼女は気合と努力と根性でこれらの項目に臨みました。結果は――。


「うん、やる気はあるみたいだね。この学校で頑張ってみる?」

「はい!」


 と言う訳で、見事に入学資格を勝ち取ったのでした。それから寮に住み込んで学校に通います。クラスメイトにはお馴染みの狐に狸の他、同族の猫やら犬、猿にアライグマにハクビシンと、かなり賑やかな動物達でひしめいていました。みんなそれぞれに個性豊かで、化けたい理由も様々です。

 サバコは同じ目的を目指す仲間がこれほど多いのかと嬉しくなって、目をキラキラと輝かせました。


「皆さん、サバコです。よろしくお願いします!」

「「「ようこそ! 隠神いぬがみ化け学学校へ!」」」


 こうしてサバコの学園生活は幕を開けます。授業は大きく座学と実践に分けられ、サバコは座学の方が得意でした。て言うか実践がとことんポンコツだったのです。頭で理論が分かっても体がコツを覚えてくれません。基本の前方宙返りも何度も失敗する始末。

 クラスメトからは応援されるものの、あまりに失敗ばかりなのでサバコは惨めになってくるのでした。


「どんまい、サバコ」

「テストでは助けてもらってるし、特訓に付き合うよ!」

「みんな、有難う」


 クラスメイトはみんな優しくて、上手く化けられない彼女を全力でサポートしてくれました。その期待に応えようと、サバコも寝る間を惜しんで努力を続けます。

 やがて宙返りは出来るようになったものの、そこから先の段階へ進めません。化けるには化けたい気持ちが大事だと教わるものの、それには自信があった彼女は化けられない理由を他に求めてしまいます。

 暗く沈んだ気持ちになった彼女は、保険の先生に悩みを打ち明けました。


「やっぱりあたいには才能がなかったんだ。全ては無駄なんだ……」

「何言ってのよサバコ、あなたは入学試験に合格した。才能のない子を合格にはさせないわ。どうか自信を持って!」


 保険の先生に励まされ、サバコはその後の学園生活も乗り切ります。時は流れ、卒業試験の日がやってきました。今まで実践で一度も化ける事が出来ていないのはクラスの中でサバコだけ。それでも試験では成功するかもと、一縷の希望を胸に試験に臨みます。

 試験内容は、先生達の前で化けるだけ。無事に人間に化けられたら合格です。サバコより先に受けたクラスメト達は次々に合格していきました。


「次、サバコさん。どうぞ」


 ついに自分の順番がやってきて、彼女は緊張しながら先生達の前に立ちました。それから何度も宙返りをするのですが、今まで同様に姿は猫のまま。そのまま時間切れになって試験は不合格。留年が決定します。


「サバコちゃん、もうちょっとここで頑張ろうね」

「はい……」


 先生方は優しく声を掛けてくれましたけど、サバコのテンションはズンドコです。彼女のショックは大きく、試験後は寮に戻らずにそのまま学校を出ていきました。


「はぁ、あたいもよく頑張ったよ……。もういいんだ、これで」


 中退する報告を届けた後に学校を去った彼女は、失意の中で地元の舞鷹市まで戻ってきます。行きは3日で学校に着いたのに、帰りは10日以上もかかりました。

 トボトボと見慣れた景色の中を歩いてる彼女の目に、3歳くらいの男の子が無邪気に道路を渡っている姿が映ります。どうやら周りに大人はいない様子。サバコは心配になって男の子を見守りました。


 と、そこにトラックが! 横断歩道を歩いていた男の子はまだ気付いていません。


「あぶなーい!」


 男の子を助けようと必死になったサバコは無我夢中で人間の女性に化けて、トラックの前に飛び出します。その結果、男の子は助かり、サバコは重症を負いました。

 化けられたのはほんの一瞬で、撥ねられた後はすぐに猫の姿に戻ります。現場は大騒ぎになりましたが、結局猫が飛び出した事故と言う事で処理されました。


 トラックに撥ね飛ばされたサバコの霊は現世を離れます。死後の世界で彼女は女神様に出会いました。


「あなたはいい事をしましたね……。では、願いを叶えてさしあげ……」


 そこで女の子は目が覚めます。リビンクのソファで寝ていたようでした。そこに男の子がやってきます。


はる、ここで寝てたんだ。良かった。捜したんだぞ」

「え? あれ?」

「寝ぼけてんのか? 全く、目を離すとすぐにどこにでも行くんだから」

「それはお兄ちゃんでしょお!」


 心春が怒ったので、男の子はすぐに逃げ出します。男の子は彼女のお兄さんではあるのですが、夢の中のトラックに轢かれそうになった男の子に似ていました。


「あれって……本当に夢だったの?」


 心春はさっきの夢がただの夢だとは思えません。そうして、鏡の前まで歩いていきます。鏡に映る姿を見た彼女は、夢が叶っておめでとうと自分を祝うのでした。



(おしまい)

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