少女はカラスになる

 結局映画は注目されなかった。シナリオの練りが甘いのと、女性の雰囲気が怖いと言うよりも神秘的な感じで迫力に欠けるという評価だったのだ。

 いけると思ったのに厳しい評価。彼は落ち込んだ。そんな中、美咲がこんなことを言ったのだ。


「私持病のせいで免許を取る許可が降りなかったから運転できない。連れて行って欲しいところがあるんだけど」


 レンタカーを借りて美咲の案内するままに、廃墟の病院にやってきた。その病院に当時入院していたという話は聞いた、揉めに揉めた家庭の事情も。

 美咲はまっすぐ三階にある一つの病室に入るなり、そこに女の子がいるかのように会話を始めたのだ。手は折り紙を折っているかのような動きだが、もちろん手の中には何もない。何をしているのかわからなかったが、彼は静かに見守っていた。


「黒以外を着ないのは、その時の経験から?」

「光がさせば必ず影ができる。生きている証明でもある。わたしは今ここにいるって思える。それに、言葉遊びかな」

「ああ、黒と苦労がかかってるのか。あと、英語でcrowだっけ」

「そう。なんだかいろいろひっかかって面白い。髪も、いのりがみと願掛けをかけてるんだけどね」


 いつも黒服の美咲は親族から気味悪がられていた。すぐに死ぬから喪服なのかと嫌味を言われたが、死者が白い服で黒は参列者の服だ馬鹿すぎる、と言い返すと誰も何も言わなくなった。親も含めて親族とも縁を切っている。

 美咲は黒い服や小物が似合いすぎている。ストレートの髪はどんな手入れをしているのか知らないが、風に揺れるとさらさらと流れる。思わず手を伸ばしたくなるほどに。


「私は今も生きてる。でも、結局移植をしないと解決しない。発作も時々ある、いつ死んでもおかしくない。だからこそ」


 再び目に溜まっていた涙を美咲は手で拭った。


「私は物事を後回しにはしたくない。明日には生きていないかもしれないから。やりたいと思った事は今やりたい」

「うん」

「シナリオが甘いんだったら、違う展開にすればいいし。私の雰囲気が怖くないんだったらミステリアスな役に変えればいい。せっかく良くするためのアドバイスをたくさんもらったんだから、やらないなんて選択はないでしょ」

「美咲……」


 美咲は次の映画も撮ろうと言っているのだ。今や動画配信などで誰でもエンタメを作れる時代になった。競争率が激しくありきたりなストーリーや、どこかで見たような展開はあっという間に埋もれてしまう。


「作品の雰囲気はハラハラするというより、薄暗くて重めに。セリフの間の取り方を変えてみよう。それなら私もきっと自分らしい演技ができると思う。今のを聞いて、思いついたインスピレーションのままシナリオを書いてみて」

「そっか。うん、わかった」


 どうしたらウケの良い話ができるかと悩んでいた彼に、あなたがやりたいのはそうじゃないだろうと伝えたかった。その気持ちが彼にも通じたようだ。


 カア、と外からの鳴き声がした。見ればカラスが一羽止まっている。ガラス越しに美咲はじっと見つめる。そしてしばらく見つめ合った後カラスはどこかに飛んでいった。

 カラスの寿命は他の鳥に比べてかなり長い。二、三十年ほど生きると言われているので、あの時のカラスである可能性は高い。カラスは記憶力がいいのだから。


「群れで生きてるから、安心してくれたのかもね」

「うん」


 生きることに貪欲なカラス。仲間思いで、キレイ好きで。つぶらな瞳なので実は結構可愛い顔をしている。よく見ればちゃんと見える。顔も、物事も、心理も、いろいろなものが。


「映画、今の話がいいな」

「私の話?」

「そう。少し脚色はするけど。だめかな」


 美咲は首を振る。自分の生きている証が映像として残る、こんなに嬉しいことはない。


「ありがとう、お願いね」

「ああ。タイトルは『濡烏』だ」

「うん」


私はこれからも、カラスとして生きる。

誰かに寄りそう、助けられる者になりたい。

黒は不吉な色なんかじゃない。生きている色。

私がここにいるという証の色だから。

たとえみんなから嫌われても、理解されなくてもいい。

記憶に残る、そんな存在に。

真っ黒なカラスになる。

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濡烏 aqri @rala37564

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