美咲
重度の心臓病を患い、物心ついた時から小児病棟に入院していた。両親が会いに来たことはない。
そんな中病院は経営困難ということで突然閉鎖をした。働いている人にも患者にも一切説明なし、院長は姿を消していた。家族がいる者、金がある者は他の病院への転院が進んだが。美咲を迎えに来る人はいなかった。
一応親戚に預けられたが、心臓病を治療する金などない。いつ死んでもおかしくない状態という、体に爆弾を抱えたまま美咲は生きることとなった。
美咲の両親はとっくにお互い別々の家庭を持っていたらしい。離婚をしたら親権を持たなければいけないからと、美咲が成人するまで離婚を先延ばしにするつもりだったそうだ。
家族の仲はとっくに冷え切っている、そのまま美咲は両親に会うことなく私生児となった。病を抱えた子供を引き取りたい親族などいなかったからだ。
様々な苦痛と苦労があった。勉強が遅れていた美咲に進学は難しいと言われたが、「お姉さん」が勉強を教えてくれていたこともあり何とか中学には行けた。
美咲は二十歳になり、今も生と死を綱渡しながら生きている。
「子供の頃お姉さんが誰だかわからなかった。腰まで伸びた真っ黒い髪が綺麗な人。このお姉さんだけが私を理解してくれてるって信じてた」
「他の看護師たちには見えてなかったんだね?」
「うん。なんだろう、私にもわからないけど。夢や幻じゃなくて、私は確かに『私』に会っていた」
そうでなければ辻褄があわないことが多い。折り紙の数や、教科書だけでは知ることができない様々な勉強の内容を知っていることに説明がつかない。
あの日折った「カラス」は今も大切に持っている。自分が折ったものとは比べ物にならないほど、「お姉さん」が折ったカラスは綺麗だった。端と端がピッタリ合っていて、明らかに折っていたのが二人だとわかる。
他にも体が楽になる呼吸法、姿勢、負担の少ない生活の仕方など。美咲の体を熟知した人にしかわからない、生きるための知識を教えてくれていた。看護師や医者から教わったわけではない、美咲が一日でも多く生きるための大切な知識。
二十歳になったとき、たびたび幼い「美咲」と会うことがあった。その都度いろいろ話して教えてきた。
映画監督を目指す彼は、次のアマチュア映画コンテストに出す作品で思い悩んでいた。気分転換で外に出た時、町ですれ違った一人の女性に一目惚れをした。
腰まで伸びた真っ黒な美しいストレートの髪、まるでドレスのような真っ黒なワンピース、真っ黒な日傘。黒を着ていると重たい雰囲気になってしまいがちだが、まるで絵画のように綺麗なその人。
気がついたら声をかけていた。
「あの! あなたは俺の探し求めていた人なんです!」
「は?」
「俺のイメージする幽霊役にぴったりなので、ホラー映画に出てみませんか!?」
その言葉に美咲はキョトンとしたが、にっこり笑うと日傘を折りたたんで傘の先端で男の鳩尾を一突きしていた。
「あまりにも失礼すぎて、逆に笑えた」
「あの一撃マジで痛かったけどね」
ナンパではなくスカウト、しかも幽霊役で出てくれと言うのだ。本当に失礼極まりないが、今までにないタイプだったので美咲は了承した。
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