カラス
「折り紙ってこんなにいっぱい色があるけど、黒い折り紙って嫌われがち。だって真っ黒だとできあがっても何折ったのかわからないよ。だから私がカラスを折ってあげるの」
死体に群がるから嫌われている。ゴミ捨て場の生ごみをひっくり返してぐちゃぐちゃに散乱させて迷惑がられる。ゴミを漁るから汚い。キラキラしたものを持っていってしまうから泥棒だと言われる。頭がいいから、人間の顔を覚えていつまでも特定の人物だけを攻撃してくる。
嫌われ者の代表だ。真っ黒だからどこに目があるのかわからない、表情らしい表情も見えないから可愛いげなんて何もない。
彼女は真っ黒い折り紙で折る。丁寧にカラスを折っていく。
「ねえ、どうして一緒に折ってくれるの」
「願いを込めてるから」
それは、つまり。
「美咲が早く死に――」
「たくさん生きますように、って」
「え」
「ちょっと違うか。たくさん、生きることが楽しいと思えることを見つけられますように、かな」
「なにそれ……」
「美咲。カラスの事教えてあげる」
一羽完成した。次の折り紙を手に取ってそんなことを言った。
「確かにカラスは死体食べるけど、生きるためにご飯を食べてるだけ。カラスは死神じゃないよ、死にそうなものに近寄るわけでも、とどめを刺すわけでもない」
「……」
「あとね、カラスってとってもきれい好きなの。一日に何回も水浴びをするんだよ」
「そう、なの?」
「昨日お風呂に入らなかったでしょ。美咲よりはカラスの方が綺麗かな」
その言葉に美咲はプイっとそっぽを向いた。お風呂に入ろうと思ったのだが、看護師たちが美咲の噂話を廊下でしているのが見えたからそのまま部屋に戻ったのだ。
子供は大人が思っている以上に様々なことを見聞きしている。本人たちはばれていないと思っているが、丸わかりだ。
ここの看護師たちが美咲をどう思っているのか知っている。話のネタにして暇つぶしにしていることも知っている。看護師たちの事は嫌いだ。嫌なことばっかり言っている。
「カラスはね、群れで行動する。敵がいれば仲間にピンチを教えるし、困ってると助け合うの。とっても優しくて勇気がある生き物なんだよ」
「仲良いんだ」
いいな。その言葉を飲み込んだ。美咲には会いに来てくれる家族なんていない。学校に行ったことがないから友達もいない。
「誰もいないのなら、自分で作るしかないね」
「?」
「会いに来ない家族なんていらないよ。自分が好きだと思った人と一緒にいれば良い」
「お父さん」はお父さんだけで、「お母さん」はお母さんだけ。それが子供の世界の常識であり、それ以外のことなど考えもしない。だから彼女の発想には目を丸くするばかりだ。自分で家族を選ぶ? そんなことができるのだろうか。
「カラスは不潔でも、薄汚くもない。ずる賢くて嫌なものの象徴なんかじゃないよ。生きることに一生懸命で、生き残るために仲間と協力して生きてる」
折り上げた真っ黒い鶴を美咲の目の前に見せた。
「カラスはとても頭が良いから。群れから離れて一人ぼっちでいる美咲に気が付いた。カラスだけが」
「!」
カラスがまだ来ていなかった時、ずっと窓を開けて手すりから外を見ていた。どうせ治らない事はわかっていたし、あの子家族に見捨てられたんじゃないのと噂する看護師の話にもうんざりだった。
いっそ自由になったらどれだけ……そんなふうに考えているとき。手すりに突然カラスが止まってきたのだ。
もしここで飛び降りて死体になったら、こいつは自分の肉をおいしそうに食べるのか。そんなふうに思ったら怒りが湧いてきて絶対に飛び降りてやるもんかと決めた。
それ以来カラスが来るたびにカラスの前で、私はまだ死んでないからねとカラスに話しかけていたのだ。
「美咲の心臓、治らないよ」
「でも、美咲は今死んでるわけじゃないでしょ。生きてる」
彼女は美咲の手を取ると、心臓の上に当てる。心臓は止まってなどいない。止まりそうなのと、止まっているのは全く違う。
「折り紙って文字、初めてみた時祈り紙って見えた。願いを込めて折れば叶うと信じてた」
「いのり、がみ?」
「美咲の髪は真っ黒でサラサラでとってもきれい。濡烏って言うんだよ、とてもきれいな黒い髪の毛の事。美咲はカラスになって生きれば良い」
仲間と共に困難も切り抜ける、真っ黒なカラス。太陽の光の下できらきら輝く美しい黒。
「だから。生きて。心臓止まってないんだから。いつ止まるかわからないからこそ」
そこで一度言葉を区切る。彼女は、大粒の涙をこぼしていた。
「美咲に生きてほしい」
絞り出すような声。その様子に美咲の目に涙がたまる。
「泣かないで」
自分のために泣いてくれる人がいるなんて思っていなかった。大好きなお姉さんだから泣いて欲しくない。
「いのりがみ、ちゃんと折るから」
美咲は手を伸ばす。その手を、彼女は取ろうと伸ばす。二人はしっかりと握手をした。
ガクリと膝の力が抜けてその場にしゃがみ込みそうになるが、後ろにいた青年がしっかりと抱きしめて支える。
「大丈夫?」
「うん。ありがとう」
「……終わったのか?」
「うん」
自分の足でしっかりと立ち上がった。
「俺の目には、何もないところで誰かと会話しているようにしか見えなかったけど」
「そうだろうね、私にしか見聞きできなかった」
そう言って「美咲」は悲しそうに微笑んだ。
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