濡烏
aqri
孤独な少女と友達
少女は今日もせっせと鶴を折っている。千羽鶴用の小さな折り紙だ。手が小さいのでそんな小さな折り紙でも器用に折っていく。
その様子を病室の外から見た看護師は何かを言いたげだったが、そのまま事務室に戻った。
少女が折っているのは全て黒い折り紙だ。鶴を折りたいからと売店で買ってきてあげたのだが。持っていた黒いペンですべての色を黒く塗りつぶしてから黒い鶴を折っている。
「どうして黒くしちゃったの?」
少女の異様な行動に看護師たちは皆不思議そうに……薄気味悪く思いながら聞いてくる。
「カラスだから」
どうやら少女は鶴ではなくカラスを折っているようだ。確かに少女の病室には窓の外によくカラスが止まっている。危ないから外に出てはいけないということで窓を閉め切られているが。
「ご飯食べてる時以外ずっと折ってるの、あの子」
「やりたいことやらせてあげなよ」
どうせ誰もお見舞いに来なくてやることないんだから。その言葉を続けようとしていたのはわかる。
心臓病で入院している榊原美咲。家族が見舞いに来た事は無い。入院費はきちんと払われているが。看護師たちは美咲の両親の顔を知らないのだ。
寂しさからか、美咲は奇妙な言動が多い。いつも独り言を言っているし、まるでそこに誰かいるかのような会話をしている。誰と話しているのと聞いても返事らしい返事は無い。
「ぬいぐるみとおしゃべりする子はいるけど、アレみたいな感じ?」
「イマジナリーフレンドかもよ。空想上の友達」
窓の外にいるカラスにもよく喋りかけている。その行動が幼稚園児位だったらかわいいのだが。問題は彼女が小学五年ということだ。もう自立心があり、少し大人びてくる年齢だ。
「学校行ったことないから、精神的成熟が遅れてるんだと思う。仕方ないわ」
「でも、扱いが困るんだよね。ちょっとこう、難しいというか」
気味が悪い。
「また美咲の悪口言ってる、あのおばさんたち」
「本人の前でおばさんなんて言わないでね」
「わかってるよ。そんな馬鹿なことしないもん」
どれだけ説明しても、誰もいないと言う看護師たち。しかし美咲には確かに友達がいる。
「お姉ちゃんのこと、イマジナリーフレンドだと思ってる。美咲そんなに馬鹿じゃないよ、想像の友達くらい知ってる」
「そうだね」
「お姉ちゃんはここにいるもん。でもあのおばさんたちがわからないんだったらもういいよ」
頭の中で会話をしていると思われているが、その女性は確かにそこにいる。なぜなら美咲の知らないことを彼女は教えてくれるのだ。
学校に行けず勉強についていけなくなっていた。だがお姉さんが丁寧に教えてくれるから、勉強が一気にできるようになった。想像の友達が、自分より学力が高いなどありえない。それくらい美咲にもわかる。
折り紙だってお姉さんが手伝ってくれてるから、あっという間にたくさんの数ができてる。一人でやるにはとても終わらないような数だ。
「どうして折り紙を黒くしたの」
「だってこれカラスだもん」
「どうしてカラスにしたの?」
お姉さんは悲しそうに微笑んでいる。美咲は直感でわかる、たぶんお姉さんは答えを知ってる。でもそれを美咲の口から言わせようとしている。
「……千羽鶴は病気が治るように願いを込めるものなんでしょう」
「そうね」
「美咲、治らないの知ってるよ。心臓の手術は日本じゃできないってこと」
「そうだね」
治るには心臓の移植をするしかないが、海外でその手術を受けるには億単位の金がかかる。両親がそんな金を用意しているとは思えない。
「カラスはね、死体に集まるんだって」
窓の外を見ればいつものカラスが手すりに止まっていた。餌をあげたわけでもないのにあのカラスは必ずここに来る。
「きっと、美咲がもうすぐ死んじゃうのあのカラスはわかってるんだ。美咲が死ぬのを待ってるの」
だからカラスを折る。カラスを千羽折ったらきっと。
「折り終わったらね、きっと私はここから出られるよ。人造人間みたいな機械とかつけなくて済むし。腕が針の穴の跡だらけにもならない」
千羽鶴は病が治ることを願って折られる。美咲が望んだのは、治ることではない。ここから出て自由になることだ。
「いつ死んじゃってもおかしくないんだってコソコソ噂してる。でも美咲はまだ死なないの。だからカラスを折れば美咲の願いがきっと叶う」
早く、自由になれますように。一枚一枚丁寧に、願いを込めて追っている。
早く、天国に行けますように。
将来なりたいものとか、やりたいこととか、食べたいものとか。そんなものに憧れを抱くのはとっくの昔にやめた。
毎日毎日同じことの繰り返しで、誰も会いに来ることのない一分一秒過ごすのがどれだけ苦しいか。影でこそこそと美咲のことを憐れむ発言をする看護師たちに心を開くことなどできない。絶対的な孤独だ。ここには誰もいない、何もない。
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