異世界の伝承編纂師の妻、今日も奔走中
あおいひ工房
夫が持ち帰った古いレシピ
広場が祭りのように賑わっている。
色とりどりの「アムーレ」がテーブルにずらりと並び、焼きたての甘い香りが風にのって広がっていく。
今日は村のアムーレコンテスト。
私はその中の一角で、これまた場違い感を漂わせながら自分の出番を待っていた。
「どうして私が参加することになったんだっけ?」
きっかけは夫だった。
「これ、村の古いレシピなんだって。試してみたら?」
そう言って夫が差し出してきたのは、彼が別の伝承を調べているときに手に入れたという、手書きのレシピだった。
素朴な文字で、シンプルな材料が並んでいる。粉と甘味料、そして山羊の乳から練り上げた黄金油――それだけ。
夫曰く「古いけれど、これがアムーレの元祖らしい」とのこと。
なんだかロマンを感じて、試しに焼いてみたら、これが意外と美味しかったのだ。
「だったら、コンテストに出してみる?」と夫が軽く言い出し、気づけば私は参加者としてここに立っている。
正直、自信なんてこれっぽっちもない。
見渡す限り、他の参加者たちは豪華な飾りつけを施したアムーレや、カラフルな見た目で目を引くものばかり。
それに比べて私のは、素朴で地味な焼き色のまんまるいアムーレ。
ただ一つ、古いレシピの通りに作ったもの。
「でもまあ、記念だと思えばいいか」と、自分に言い聞かせてみる。
ステージでは村長さんが勢いよく鐘を鳴らし、コンテストが始まる合図を出す。
拍手とともに子どもたちの歓声があがり、村中の視線がテーブルに並んだアムーレに向かう。
私の順番が来たとき、司会者が「おや、こちらは見た目が懐かしいですね」と目を細めた。
一口試食をした瞬間、思いがけず「おお……!」と声が漏れた。
「なんとも素朴で、でも奥深い味ですね。これは……」
そのリアクションを見て、なんだか嬉しくなってしまう。
素朴なレシピも悪くないのかもしれない。
観客の中には「あれ、うちのおばあちゃんが作ってたやつに似てる」とつぶやく人もいた。
その時、ふと夫の話を思い出す。
「このレシピ、もしかしたら異界から持ち込まれたものかもしれないんだってさ」
どうやら彼が聞き取った伝承によれば、昔、異界から来た誰かが村人にこのレシピを贈り、それが今のアムーレの原型になったらしい。
そう考えると、ただの素朴なお菓子が少しだけ特別に見えてくる。
地味で目立たないけれど、その素朴さが愛され続けてきた理由なのかもしれない。
発表が終わり、コンテストは無事に終了。
結果? それは秘密にしておこう。
ただ、夫がひょいと近寄ってきて「やっぱり君が焼いたのが一番美味いよ」と笑った。
その言葉だけで、今日の参加は大成功だったと思う。
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異世界の伝承編纂師の妻、今日も奔走中 あおいひ工房 @slmnooon
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