文字列置換の恋模様(季節の便り~12ケ月/12月・SS・Xmasの恋人達)
源公子
第1話 文字列置換の恋模様(季節の便り~12ケ月/12月・SS・Xmasの恋人達)
「待ってくれー! 誤解なんだぁ」
彼の言葉が後ろから虚しく響く。
嘘つき! 今、私の目の前で別な女の子に跪いてプロポーズしたくせに。
あの指輪は私がもらうはずだったのに。
付き合って一年。初めてのクリスマスにレストランの予約が取れたって言われた時、プロポーズされるのを期待した私がバカだった!
嬉しくて嬉しくて、待ち合わせの時間の30分も早く来ちゃって、時間潰しに近くの公園を散歩してたら見てしまった。指輪を持って一人の女性の前に跪く彼の姿を。
「僕と結婚してください」
「喜んで」
二股かけてたなんてひどい。
悔しい、くやしい、クヤシイ!
◇
「ありゃー? まずいことになった。どこで間違ったかのう」
天から下界を見下ろす八百万の神様が一人、ため息をつきました。
「アレ?
「おや、
いや、来年結婚するはずのカップルが拗れて別れてしまいそうでのう。
されど今夜はクリスマスイブ。くっつけなくちゃいけないカップルが多すぎて、打ち出の小槌もキャパオーバー。修正してる余裕がない。どうしたもんかのう」
お疲れの大黒天様は、いつもの笑顔も何処へやら。背負った袋も、座った米俵も凹んでいます。
「アレアレ、縁結びの
「おお! 助かる。善事も悪事も一言で言い離つ『言霊使い』の一言主の大神なら、簡単で御座ろうのう」
「でも、ただやったんじゃ面白くないですねぇ。拗れた2人の運命の物語を、この間覚えたパソコンの文字列置換の『削除』と『変換』を使って『くやしい』を『うれしい』に変えてご覧にいれましょう。
ええと、『Ctrl』キーを押しながら『H』キーを押します。コレで『検索と置換』画面が表示され『置換』タブが選択された状態になります。
検索する文字列の『くやしい』の『く』を削除。『や』と『し』の間に『さ』を入れると……
【く】やしい→や【さ】しい。
さて、この言霊で運命がどう変わりますかな?」
◇
「久しぶり。一人なの?」
別れた元彼だった。会ったのは彼の結婚式以来だった。
仕事でこっちに来たついでに、買い物をして来たと言っておもちゃの箱を抱えていた。
「子供生まれたんだ」
「うん、男の子」幸せそうな笑顔だった。
何処かお店に入りたかったけど、クリスマスイブの夜、空いてる席がなかった。
元彼の買ってくれた自販機の缶コーヒーの温かさにホッとしながら、並んでガードレールに寄りかかって少し話をする。
お店の席が空いてなくて良かった。座って話したりしたら、心が昔に戻ってしまいそうだったから。
大学時代の元彼とは、嫌いで別れたんじゃない。
元彼のお父さんが倒れて、家業を継ぐため地元に戻ったせいだ。
元彼はついてきてくれとは言ってくれなかった―― 帰ったら取引先の娘さんとの見合いが待っていたからだ。
まだなんの約束もしていなかった。だから別れた。
三年前のやっぱりクリスマスの頃。
元彼はあの頃と変わらずとても優しい。
でも……私が愛してるのは今の彼。
元彼の左手薬指にも奥さんとお揃いの結婚指輪。
奥さんに申し訳ない。私の今の彼にも……心がやましい。
「それじゃあ、また。奥様によろしくね」
私は元彼と別れ、一人でクリスマスイブの街へと歩き出した。
◇
「おやおや、せっかくの『や【さ】しい』→が『や【ま】しい』になってしもうた。
乙女心は複雑じゃ。面倒だから、一気に『うれしい』に変換しちゃうほうが簡単じゃないかのう」
「もー、縁結びの神様らしくもない。無理に捻じ曲げたんじゃ、心ってのは納得しないもんなんですよ。少しずつ近付けなくちゃ。」
「申し訳ない。忙しすぎると、ついコスパの良さばかり考えてしまうのう。昔はこんなじゃなかった、恥かしや」
「いえいえ大黒天様は日本で一番古い神様。ご高齢なんですから、無理せずいきましょう。さて次は……」
◇
クリスマスイルミネーションの中を、一人でとぼとぼ歩く。
いつのまにか、彼の予約したレストランの前に来ていた。
入り口のポインセチアの花、大きなクリスマスツリー。
窓から見える、シャンパンで乾杯する恋人たちの素敵な笑顔。なんて幸せそう。
私も今日あそこに座って笑っていたはずだったのに。
うらやましい……
◇
「おお『やましい』が『【うら】やましい』に変わったのう」
「よっしゃ!ここで『う【らやま】しい』の『らやま』削除。
代わりに『う』の次に『れ』をいれれば――『う【れ】しい』の出来上がり!
◇
「見つけたー」
その声に振り向くと彼がいた。
「聞いてくれ、アレは俺の姉貴だ。
プロポーズ上手くやる自信がなくて、レストランに入る前に姉貴で練習してたんだ。君ってば、理由も聞かずに逃げるから……でも良かった、やっと会えたぁ」
そう言うなり、彼はお店の前で大の字になって伸びてしまった。
12月だって言うのに汗だくで、息も絶え絶え。何度も転んだらしく、服も泥だらけ。こんなになるまで、あれからずっと私を探し回ってくれてたの?
嬉しい、うれしい、ウレシイ!
荒い息の中彼がコートのポケットから指輪を出した。
「僕と結婚してください」
私は跪いて、その手を包む。
「喜んで!」
――Merry Xmas.――
了
文字列置換の恋模様(季節の便り~12ケ月/12月・SS・Xmasの恋人達) 源公子 @kim-heki13
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