試験: 運転実技に初挑戦

九月ソナタ

一話完結


私は運転実技、一発合格です!

なんて言うと、どれほど運動能力がある人かと思われるかもしれないが、

全く違う。その証拠に、免許は取れたものの、その後、実際の運転ではどんなに苦労したことか。ただ、今日のテーマは「試験」なので、そこには触れない。


私は運転免許をテキサス州のヒューストンで取った。カリフォルニアから引っ越ししてきたが、それまで私はビザの関係で働いてはいなかった。

その頃はグリーンカードが取れたので、ヒューストンでは仕事を探したいと思っていたが、偶然に仕事が見つかり、引っ越して五日目から働き始めた。勤務先はダウンタウンにある日本の大手商社だった。


私たちが住んでいるところからダウンタウンまでは遠く、ダウンタウン直行の大型バスが出ていた。夫が毎朝バス停まで送ってくれて、帰りもピックアップ。買い物はふたりで出かけたから、私が運転する必要はなかった。ただ身分証明書は必要なので、運転筆記試験には合格していた。

筆記試験に合格すると、今度は実技。用意ができると、DMV(車両管理局)に行って、実技を受けるのだ。当時は予約制度などなかった。

私もそろそろ運転の練習をしなくっちゃね、という状態の時。


そんなある日、夫が突然、カメルーンという国に、海外出張に出かけることになった。それも三カ月。

私はダウンタウンに行くために、バス停に行かなければならない。バス停は大きなモールの裏にあり、人々はそこに車を止めて出かけるのだ。

モールはうちから八分、それとスーパーに五分。それだけ運転できたら、私はひとりでもやっていける。

夫がさっそく運転を個人的に指導してくれる人を頼んだが、彼は私の運転知識を知って、レッスンは二十八回必要だと言った。

私が日本で右通行になれといるので、左は運転がしにくいのだと、彼はわかったことを言ったが、私は日本でだって運転をしたことがないし、何にも慣れてはいない。このインストラクター、なんか好きではない。


それに、夫は翌週に出発なので、そんな優雅な時間はない。

夫に少し教えてもらった。ハンドルを右に回せば右、左に回せば左に回り、バックはその逆。真ん中がストップで、右側がアクセル。


実技、一度試してみたらいい。自分はこのやり方で受かったと中国人の友人が教えてくれた。あれは三回試せるから、まず一度DMVへ行って試験を受けてみて、落ちたら少し練習をして、別のDMVへ行く。そこが落ちたら、また少し練習をして、ラストチャンスのDMVへ行く。これを一日でやるというのだ。運がよければ、受かるかもしれないと。


私は夫に、DMVへ連れていってほしいと言った。一日決行なんて、聞いたことがないしまだ早い、という夫を説得した。


まず一カ所目。

受験者は、小さな部屋に集められた。十二人くらいいただろうか。

私はものすごく緊張していたら、誰がはいってきて、私の名前を呼んだ。メキシコ系かな、三十歳くらいの試験官だった。


「はいっ」

と返事をして、私は立ち上がった。パブロフのあれ、条件反射というやつだ。


車は自分の車、助手席に試験官が乗り込み、いざ出発。まずは通りを越えなければならない。その通り、なかなか車が多くて、はいるすきをくれない。

私は馬鹿だと思われたら困るから、「車が通りすぎるまで、絶対に動かない」と口に出して言ってみた。

ようやく車が来なくなったから通りを渡り、少し運転して(フリーウェイはない)、DMVのパーキングに戻った。ギブアップされたなと思った。

駐車は、二台の車の間を指定されたので、これだけはうまくいった。もちろん、前方駐車である。

あまりに早い試験時間だったので、試験管からさぞ呆れられたのだろうと思ったら、「これをもって受付へ」と紙をわたされた。


「パスだよ」

と彼が笑顔で言って、「いい日でね」と出ていった。


夫が飛んできたので、「受かった」と紙をぴらぴらさせたら、今の日本語に直すと「マジかよ」と驚いた。


夫は私が受かった原因は、あの待合室で名前を呼ばれた時、

私が「Hi」と愛嬌たっぷりだったから、印象がよかったのだろうと。

あれがフレンドリーの「ハーイ」ではなくて、マキシマム・プレッシャー下の「はいっ」だということを彼は知らない。誰も知らない。


その時、勤め先の商社に、ニューヨーク本社から、まるっこい顔で、現地雇いには不愛想な日本人が来ていた。その人は東大卒業のエリート社員だが、ニューヨークではどうしても運転実技にパスできない。三カ月以内で運転免許を取らないと、帰国しなければならないらしい。それで、ヒューストンでは実技がやさしいということを聞いて、自費を払って、必死の思いでやってきているのだという。


彼はこのヒューストンでも、すでに、もう二回落ちているそうだ。ははは。三回目も落ちろ。

こっちは東大とは無縁だけど、実技一回でパスだからね。その時はちょっと優越感を覚えた。


























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