【百合短編】私の占いは全部嘘。

羽黒楓@借金ダンジョン発売中

第1話 私の占いは全部嘘。

 秋も深まり、冬にさしかかろうという季節。 

 私はその日の放課後、天文学部の部室で本を読んでいた。

 最近気にいっている女性作家のミステリ小説だ。

 まだ四時を過ぎたばかりだというのに西日が窓から入って眩しい。

 ただそのシチュエーションが読んでいた本の内容とちょうどマッチしていて、私は眩しさをも楽しみながら読書を続ける。

 と、その時だった。

 部室のドアがノックされる。


「はい? どうぞ」


 私がそう声をかけると、背が低くて小柄な女子生徒がおずおずと部室に入ってきた。


「あのー、鳥海とりうみ先輩……。ちょっと、いいですか?」


 その子は、分厚い黒縁の眼鏡をかけていた。

 ここは県立飛島女子高校、地域ではそこそこの進学校で、生徒は真面目な子が多い。

 髪を派手に染めた生徒なんてほとんどいなくて、その子もやっぱり黒髪だった。

 そのショートカットは手入れが行き届いているらしく、夕日に照らされて艶々と輝いていた。

 私は本にしおりを挟んで閉じ、その子に向き直って訊いた。


「占い?」

「はい……。あの、鳥海先輩、おばあちゃんがすごい有名な占い師だったって……。それで、鳥海先輩も占いが得意だって聞いたんです」


 そう、私のおばあちゃんは占い師だった。とある雑居ビルの一室に店を構え、とてもよくあたると評判で、一時期は店の前に行列ができていたという。

 そのおばあちゃんも今は引退している。

 でも私がおばあちゃんに占いを教えてもらっていた、という噂は校内に広まっていた。

 だから、こうして占い希望の生徒がこの部室にやってくることも多いのだった。

 私は慣れていたので軽い口調で言う。


「いいよ、占ってあげる。じゃ、そこに座って。名前は?」

「一年二組の佐藤由香、です……」


 部室には大きなテーブルがあって、私が座っているその隣の椅子に由香は腰を下ろした。

 私も向きを変えて向かい合わせになる。

 由香は、じぃっと私の顔を見つめていた。

 この子、目がおっきいな、と私は思った。

 そのかわり、顔はとてもちっちゃい。

 小さな顔に大きな目のコントラストは私を少しドキッとさせた。

 リップでも塗っているのだろうか、薄い唇は夕日を反射して柔らかに輝いていた。

 私は通学カバンから、おばあちゃんから譲ってもらったカードを取り出す。

 タロットに似ているけれどタロットじゃない。

 おばあちゃんが自分でデザインして発注した、オリジナルのカードセットだ。


「何を占ってほしいの?」


 私がそう尋ねると、由香は目を伏せて、


「えーと……」


 と、言いよどむ。

 すぐに私はピンときた。

 だから、ちょっともったいぶって言った。


「待って。今見てみるから」


 私はカードを大きなテーブルの上に裏返しにゆっくりと並べていく。

 その間、カードに気を取られている由香を観察した。

 制服は校則通りにきちんと着ていて、リボンもまっすぐ結ばれている。

 スカートにはしわも少なく、プリーツの折り目もしっかりしている。

 真面目そうな子だ。

 座っている椅子に立てかけているカバンは私と同じ、学校指定のもの。

 そしてお弁当箱が入っているのだろう、猫のキャラクターが描かれている巾着。

 白いソックスに黒いローファーをはいていた。

 この子、足も細いなー。うらやましい。

 カードを並べ終わる。

 全部で九枚。

 虹のような半円を描いて並べている。

 私はカードの位置を綺麗に指先で揃え、ちらっと由香の顔を窺う。

 由香はカードから目を離して、私の顔を真剣なまなざしで見つめていた。

 さっきよりも、ほっぺたが赤くなっている。


 わかりやすいな、この子。かわいい。

 私は裏返して並べたカードのうちの一枚をひっくり返した。

 そこにはかに座を示すイラスト。

 別に何のイラストでもよかった。

 私はなるべく低い声でそっと言った。

 

「由香ちゃん。あなた……だれか、とても大切に想っている人がいるわね?」


 由香ははっとした表情を浮かべてコクリと頷いた。


「やっぱり鳥海先輩はすごいです」

「で、聞きたいことは?」

「あの! その人と、私が、うまくいくかなって思って……」

「じゃあ、由香ちゃんの誕生日を教えて。星の運行と照らし合わせてみる」

「はい。えっと、11月7日です……」

「さそり座ね。いいわ」


 私は改めてカードをシャッフルしなおし、またテーブルの上に並べていく。


「あの。鳥海先輩は、いつから占いを習ったんですか?


 由香がそう聞いてくる。

 私はカードを並べながら答える。


「ちっちゃいころからおばあちゃんに占星占いをおしえてもらってさ。だから小学校の頃にはもうできていたかな。まだ勉強中よ。星ってすごいよね、いくら勉強しても足りない。だからさ、私、天文学部に入ったんだよ。恒星の動き、惑星の動き、あなたの運命星の動き。占っていくよ」

「は、はい……」

「11月7日……まず、この中央のカードがあなたの全体的な運勢よ」


 私はペラリをカードをめくる。


 そのカードに書いてあるのは、おおいぬ座のイラスト。シリウスがよりいっそう大きく描かれている。


「へえ……おおいぬ座ね。この星がシリウス。全天で最も明るい星よ。それがあなたの運命」


 私は呟いた。

 由香はゴクリと唾を飲み込んで私の顔を見つめている。


 さあ、ここからが私の真骨頂だ。

 なぜなら、私は。

 カードをおばあちゃんにもらっただけで、占いの仕方なんて教えてもらったことがないのだ。

 私の占いは全部嘘。

 でも、私の嘘で、悩んでいる女の子の心が少しでも軽くなるのなら、それが私は嬉しいのだ。

 すぅっと息を吸い込んで、私はすらすらと嘘の占いを話し始めた。


















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