第3話 その友達の先に

 言われて、私は頭の中がバチバチッとショートしてわけがわからなくなった。


「え? なにが?」

「だから。私は、鳥海先輩のことが好きです」

「あ、ああ。佐藤由香……。由香ちゃん、あなた佐藤かなでの妹……?」

「そうです」


 なるほど、そういえば私の友人、佐藤奏と顔が似てなくもない。佐藤だなんてどこにでもいる名字だし、全然気づかなかった。

 髪型も髪色もガラッと変わっているし、あのときは眼鏡なんかつけていなかったはずだし……。

 いや、それにしても。


「奏の妹かー。友達になら、なってあげてもいいよ?」


 そう言ってはみたけれど、私の声は震えてしまった。

 だって、そういう意味での『好き』ではないことを、私はこの雰囲気で感じ取っていたからだ。

 由香も、すぐにこう返す。


「違います。お付き合いしたいって意味の、好きです」

「ちょ、ちょっと待って」

「グイグイ行けって占いに出てたじゃないですか。鳥海先輩がそう言ったんですよ。だから、グイグイ行きます。先輩が悪いんです」

「待って、ね? 待って……」


 思いもしなかった突然の告白に、どうしたらいいのかもうわからない。

 まず頭に思い浮かんだのは、「保留」という二文字だった。


「じゃ、じゃあ、友達から……友達から、ね?」

「その友達の先にキスはありますか?」

「え!?」

「その友達って言う道は、……えっち、とかに、つながってますか?」


 由香の顔は嘘みたいに赤く、とても大きなブラウンアイに涙を浮かべている。


「待って待って待って! 落ち着いて! む……」


 無理無理無理、という言葉を口に出そうとして、でもなぜか私はそれを声に出来なかった。

 だって……。

 無理じゃないもん。

 こんなにかわいい子を……恋人にできるなら、女の子同士でも……、と、一瞬、ほんの一瞬思ってしまったのだった。

 だって、好きなら女の子同士でもいいと思う。

 女子が女子と付き合うって、どんなだろう?

 悪いことじゃ、ないよね?

 いやいやいや!

 そんなのありえないって!

 そんな私の逡巡を感じ取ったのか、由香はさらに顔を近づけてくる。

 待って待って! こんなんじゃ、ほんとにキスしちゃう!


「先輩。せんぱい……。せーんぱい。 先輩が言ったんですよ、最初の一週間はグイグイ行けって。だから、行きます。先輩が悪いんです。先輩の占いが悪いんですよ」


 由香の吐息を感じる。

 口内洗浄液の香りがした。

 こいつ、口臭対策までして、私とどこまでやる気でここにきたんだ……?

 しかし、その香りで少し私は冷静さをとりもどした。

 私はあるアイディアが浮かんだのだ。

 そうだ。それだ。占いだ。


「わかった。わかったから。じゃあ、占ってみよう。私たちがもし付き合ったとして、うまくいくかどうか」


 由香はぱっと私から身体を離して、あはっ、と笑った。


「いいですよ。じゃあ、それで、決めましょう」

「じゃ、じゃあ……」


 私は改めて椅子に座り直し、テーブルにカードを並べていく。

 私の指は、震えていた。

 その様子を、由香は背後から見ている。

 私の占いは、嘘だ。

 だから、占い結果は私の思うまま。

 なんて言おう?

 恋人になりなさい?

 友達から始めなさい?

 友達のままでいなさい?

 今後一切会わないほうがいい?


 ええと、ええと。

 並べられたカードを指先で綺麗に揃えようとする。

 うまくいかない。

 指が冷たい。

 いや熱い。

 これ、どっちだろう? とにかく、指先から足の爪先まで全身がビリビリとしびれている感じ。


「せーんぱい。じゃあ、始めてください」

「う、うん……」


 私は中央の一枚をペラリとめくった。

 それは、はくちょう座のイラスト。

 その中では、一等星のデネブが光り輝いている。

 私は大きく息を吸い、吐いた。

 よし、決めた。

 やっぱり友達の妹と女の子同士で付き合うなんて、それもお互いよく知りもしないのに、そんなのは駄目だ。

 友達として付き合いなさい。

 それも、え、え、え、え……えっちには、繋がらない感じの、友達。

 よし、それで行こう。

 私はそう思って、その偽占い結果を口に出そうとしたその時。

 耳元で、由香が少し低い声で、でもやさしく囁いた。


「占いなんて、嘘ですよね?」


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