第2話 膝と膝が触れる

「シリウス。一番強い光を放つ星。これはあなた自身の強い運命を暗示するの。あなた、とても強い力を持っているよ」


 こんな風に言っておけば、占いを信じる人は誰でも自分に自信を持ってくれる。

 根拠のない自信こそが、人生を前に進める原動力だっておばあちゃんが言っていた。


「そうなんですか?」

「うん。それで、由香ちゃんは、誰かに恋しているってことでいいの?」


 そう訊くと、眼鏡の奥で瞳を煌めかせて、コクリと頷いた。

 真っ白だった肌が今はまるで湯気が出そうなほど赤く上気している。


「お相手はあなたのことを知っている?」

「…………はい」

「あなたともう付き合ってる?」


 そう尋ねると、由香はぶんぶんと顔を横に振る。髪の毛がサラサラと揺れた。


「そうなれたらいいなって……。告白しちゃいたいんですけど……」

「その人にはもう恋人がいる?」

「……わかりません。多分、いないと思うんですけど……。それも占っていただけませんか?」

「いいよ。占ってあげる。その人の誕生日、知ってる?」

「はい。確か、2月22日だったと思います」

「本人に聞いたの?」

「いえ、私のお姉ちゃんがその人と友人なので聞きました」


 私と同じ誕生日か。

 この子には姉がいて、多分姉妹仲はいい。で、好きな人ってのは年上ってことかな。

 直接は誕生日を聞けてない程度の関係性。


「2月22日ね……」


 私は聞こえるように呟きながら一番右側のカードをペラリとめくった。

 こぎつね座。


「これがその人の運命星座。由香ちゃんと相性はいいよ」

「ほんとですか!?」


 ぱっと表情を明るくする由香。

 この子、ほんとにかわいい顔をしているなあ。

 こんな女の子に告白されて嬉しくない男はいないだろう。

 私はそこから順々にカードをめくっていく。

 オリオン座、はくちょう座、いて座……。最後、一番左のカードはおおぐま座だった。北斗七星が輝いている。


「……告白はすべきだね」

「ほんとですか!?」

「うん。そう出てる」


 口からでまかせだ。

 でも、恋心なんて、ずっと胸にしまっていてもろくなことがない。

 うまくいけばよし、うまくいかなかったら三日三晩泣いてすごしてから忘れればいい。


「うまくいくかいかないかまでは結果が出ていない。でも、あなたの運命星座と今の星の運行から考えて、きっと行動することが人生を豊かにするはずだよ」

「行動……」

「そう。ええとね、うまくいく可能性はあると思う」


 だって、こんなかわいい女の子に告白されてOKしないフリーの男子高校生なんてそうそういるとは思わないし。

 すごく内気で自信のない男子だったらモゴモゴしてはっきり答え出さないこともあるけどね。

 そこも釘を刺しておこう。


「告白して最初の一週間はグイグイ行きなさい。そう出てるわ。それでうまくいかなかったらすっぱり忘れて。駄目でも大丈夫。素敵な出会いが続くってカードが言っている」

「グイグイ……」

「心配なことがあったらすぐにこの部室に来ること。私が占ってあげるよ」


 占いなんて嘘だから、実際はただの恋愛相談だ。

 でも、それで心が軽くなってくれるなら嬉しい。

 あと、相手の男が駄目男だった場合のアフターフォローもしないとね。

 人の役に立てるのは嬉しい。

 だから、私はこのインチキ占いを続けているのだ。


「さ、占いはこれでおしまい。少しお喋りでもしてく? 相手の男の人ってどんな人なの? スポーツマンとか?」

「いえ、文化部所属で……」

「ふーん。そういうのが好みなんだ」

「髪の毛が長くて、すっごく綺麗な顔をしていて」


 なるほど、ロン毛でイケメンか。

 私の好みじゃないな。由香みたいな大人しそうな女の子にも合わなそうだけど……。


「背は私より一回り大きくて、でも体格は華奢で……」


 華奢な男かあ。よりいっそう、私の好みじゃないなあ。


「成績はすごくよくて、でも性格はちょっと不器用なとこがあって、私のお姉ちゃん以外は友達がいなくて、でも人の役に立つためにいつも一生懸命で」

「ふーん? どこで出会ったの?」

「中学生のときです。お姉ちゃんと友達だから、うちに遊びに来たときがあって。そのとき、一緒に遊んでもらったんです」

「へー。ってか、それってお姉さんの彼氏とかじゃなくて?」

「違います。お姉ちゃんには別に彼氏いるもん。で、そんとき、私、ギャルにあこがれていて、髪の毛もすっごい金髪にしていて、中学生なのにお化粧していて」

「ほんと? 今こんな真面目そうなのに。ま、ギャルより今の方がかわいいと思うけど」


 私がそう言うと、由香は満面の笑みを浮かべた。


「嬉しい! その時、その人が言ったんです。『妹ちゃんさー、かわいいんだし黒髪の方が似合うと思うよ。素材がいいから絶対ショートにしたほうがいいよ』って。で、『なにか悩みがあったら私が聞くから』って。それからずっと憧れていて。髪の色も戻して。その人と同じ高校に進学して」


 ん?

 んん?

 あれあれ。

 同じ高校って、私たちがいる、ここの高校だよね?

 県立飛島【女子】高校のことだよね?


 私が混乱していると。

 由香は、その黒縁眼鏡を外した。

 眼鏡を外しただけで、随分印象が変わる。

 あれ? この顔、私、知っているかも……。

 由香は椅子ごと私に近づく。

 膝と膝が触れる。

 その小さな顔を私に近づけて、由香は言った。


「その人は、とても素敵な人なんです。鳥海先輩、言ってくれましたよね? 告白したほうがいいって。グイグイ行けって。鳥海先輩が言ったんですよ?」


 お互いの息がかかるほどの距離。

 大きくて潤んだ瞳が夕日を反射してきらきらと輝いていた。

 ああこの子、茶色い虹彩しているんだな、と思った。

 私の視線はそのブラウンアイに吸い込まれてしまって、そこから目を離すことができない。

 まるでこれからキスするかのように、私たちはお互いを見つめ合っていた。

 距離が近い。

 由香のシャンプーとコロンの香りがした。

 触れ合った膝から、体温が伝わってくる。

 頭の中がじんじんと熱くなってきた。

 ああ、この子はなんてきれいな顔をしているんだろう、と思った。

 こんなにも近いのに、真っ赤になったほっぺたの肌はびっくりするくらいすべすべでなめらかで、毛穴のひとつも見当たらない。

 私は金縛りにあったかのように由香の瞳に捕らえられて身動きできなかった。

 そして、由香の唇がゆっくりと動いて、言葉を紡いだ。


「鳥海先輩。好きです。私と、付き合ってください」




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