第5話 一度引いた引き金は戻る事は無いのだと、彼は言った

 学校とは、実は逃げるのにまったく適していない。

 廊下は長く直線で見通しが良く、視界から逃れるのですら割と困難だ。


 俺は追いかけてくる大男から逃げながら、どうするかと考える。

 思えば更衣室を出てから、ひたすら状況に流されるだけで、行動が後手後手である。


 今もそうである。

 クラスメートと一緒に逃げたと思った立花が逃げておらず。

 おかげでこうして一緒に大男に追いかけ回される羽目になっている。


 まぁ、良い。良くないが。まぁ良い。

 現場は臨機応変、いつもの事である。


 とりあえず走りながら、自分の装備から確認する事にする。

 武器は拳銃とナイフ、殴打弾ボクサーバレットは使い切ったので、後は9ミリ弾がワンマガジン。

 だが、これはあまりアテにはならない。


 弾頭が対人用の軟弾頭だからだ。

 大男が、ただのデカいだけの人間だったなら、これでさっさと決着させていたが。

 まぁ多分無理だろう。


 あの大男は消火器を頭に投げつけられても平然とし、人間を生身で数メートル殴り飛ばせるような怪力の持ち主だ。

 十中八九、普通の人間じゃない。

 TSチョーカーの負の側面。


 着けただけで人間の性別を変更できるという超技術。

 そうであるならば、着けただけで人間を人間以上にする事など造作もない事だった。

 その技術の名前は武器化TW、男はTW人間だった。


 TW人間相手に9ミリ弾では、余程アタリ所が良く無ければ効果は期待できない。

 ついでに言えば体力もほぼ無尽蔵だ。

 大男はパワー重視のTW人間であるようなので、追いつかれてはいないが、このまま追いかけっこを続ければジリ貧だ。


「ガクト君!」


 このままではジリ貧だと、考えていたら立花が話しかけてきた。

 なんだ?と隣を走る彼女の方を見る。


「そんなに大股で走ると!下着が!」


「そんなコト気にしてる場合か!」


「女の子なんだから駄目だよ!」


 180センチになったお前と違って、小柄になって大変なんだよ!

 叫び返したいのを我慢して、俺は銃を取り出してマガジンを取り換える。


「それ本物!?」


 驚く立花を無視して走りながら銃を構える。


「驚いてコケるなよ?」


 返事を待たずに廊下にある消火器を撃つ。

 軟弾頭でも消火器ぐらいなら貫通できる。


 廊下に消火剤がぶち撒かれ、銃声に驚いた立花が小さな悲鳴を上げ――。

 俺は全身を駆け上る悪寒に従って立花に飛び付いた。


 背後から飛んでくる必死の何か、咄嗟に立花を胸に抱いて庇う。

 背中を壁で強打して息が詰まる。

 鉄の塊が、消火器が廊下のタイトルを砕き、天井近くまで跳ねて派手な音を立てながら廊下を転がっていく。


 あのTW野郎、心中で悪態を付きながら立ち上がり、立花の手を引いて、立ち上がるのを手伝おうとしたら予想外の重さにバランスを崩しそうになる。


「ゴメン、足くじいちゃった」


 困ったように、ニヘラと笑う立花。

 私を――その声が形になる前に背後に回る。

 クラスメートに、それも女子に言わせてはいけない言葉という物があるのだ。たとえ今はTSしていても。


「すまん!体に触る!」


 所謂いわゆるお姫様抱っこ。

 立花が腕の中で可愛い悲鳴を上げる、美男子フェイスで。

 消火剤で充満する廊下を走る。


 俺は覚悟を決めた。

 退学になって任務が失敗したらその時だ。

 俺は新たな目的地に向かって足を進める。


 二度も強打した背中は痛いし、立花は重たい。

 そして俺は今から退学の危機だ。

 TSしてから碌な事が無いぞ!


 背後から男が投げられる物を手当たりしだいに投げてくる。

 それを気配だけで避ける。


「立花! 今から右手を離すからしっかり掴まれ!」


 怖いのか、両手で顔を隠していた立花が悲鳴を上げる。

 それを無視して俺は右手を外す。立花が慌てて俺の首に両手を回す。

 外すなよ!俺!


 走りながら銃口を定める。

 息を止め、引き金を引く。

 上がる火花に安堵し、背後にせまる男の気配に息を飲む。


 ジャムる銃、舌打ち、投げ捨てる。

 華奢な体が上げる悲鳴を全て無視して俺は飛ぶ。

 背中から窓にぶつかる。


 落下の感覚に立花が息を詰まらせたのが分かる。

 悲鳴を上げてくれた方が都合が良かったのに。


「爆発するから耳を塞げ!」


「ば! 爆発!? エェ!?」


 声を出したせいか、立花の口から派手な悲鳴がまき散らされる。

 オケ!口を開けてろ。

 まさか俺達が、窓を突き破って飛び降りるとは思っていなかっただろう男が、驚いた顔で落ちていく俺達を見ている。


 俺達の背後に何があるか? それに気が付いた大男が窓枠に足をかけようとする。

 バーカ、もう遅ぇよ。

 俺は周囲でキラキラと光るガラス片から、立花を守るようにその顔を胸に押し付ける。


 重力の終着点。

 背中が水面に叩きつけられる衝撃と共に、校舎で爆発が起きた。

 今日は背中の厄日だな。


 *


 水も滴るイイ男。

 立花が濡れた髪をかき上げながら叫んだ。


「ガクト君って何者なの!?」


 何者なの!?と訊くこいつは、テロリストから俺がクラスメートを助けるのが当然、みたいな顔をした奴である。


「しかも、なんで爆発するの!?」


 ちなみに爆弾は以前に爆弾探しゲームしようぜ、という提案により作った物で、爆弾には導火線が必要というこだわりから、C4に導火線で作動する雷管を付けたこだわり仕様だ。

 とりあえず一番知りたいだろう事を答える。


「ボディガードだよ」


 首を傾げる立花。


「お前の」


 俺の答えに大げさに驚く彼女は、自分の立場が分かっているのだろうか?

 日本有数の財閥、その支配者一族の娘だぞお前。

 それがこんな警備セキュリティの甘い学校に通いやがって。


 おかげで俺がこんなに苦労しているんだぞ。校舎を爆破したので退学になってクビかもしれんが。

 驚いたまま固まっている立花を無視してプールを上がる。

 スカートが! 胸の抵抗が!


「ほれ、引き上げてやるからさっさと来い」


 俺は立花を促し、プールから引き揚げてやる。

 男の姿である立花を引っ張り上げるのに苦労する、重い。

 そこで俺は我慢の限界に達した。


「くそ!もう無理だ!TSチョーカーを外す!」


「駄目だよ!今外したらスカート姿の変態さんだよ!」


 知るか!その姿で登校した馬鹿がいるんだぞ!

 うなじに手を回す。


「せっかく美少女なのに」


 やはり立花の美意識は独特なんだな。

 そう思ってTSチョーカーの解除ボタンを押す。

 ――が。


「外れない」


 今日一番の絶望に塗れた声が出た。

 嘘だろ?

 俺は解除ボタンを連打する。


 TSチョーカーは確かに超技術の産物だが、そうそう壊れるような物ではない。

 くそ!どうなってるんだ!?

 うぉおおお!外れろ!


 外れろとジタバタする俺を見て立花がニヤニヤした顔をする。

 美男子はどんな顔をしてもサマになるんだな。

 羨ましくないが!


「ガクト君、可愛い」


 人の不幸を何だと思ってるんだ、この立花護衛対象は?

 俺は遠くで鳴るサイレンを聞きながら、外れないTSチョーカーにFワードを吐いた。


 *


 透き通る水色の髪、不愛想な顔、視界の邪魔になる胸。

 細く白い肌の手。

 低くなった視界は単純に不便だった。


 俺は教室のドアに映った自分の姿を見て、溜息を吐きながら教室に入る。


「あ、ガクト君! おはよう!」


 間違いなく不機嫌な顔をした俺に、立花護衛対象は嬉しそうに朝の挨拶を投げてきた。

 溜息を押し殺して挨拶を返す。


「おはよう」


 高い声は鈴が鳴るような可憐な声で、俺はそれにまた溜息を吐いた。

 やはりTSチョーカーなんて物を考えた奴は馬鹿だ。

 絶対に。

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