第4話 指に食い込むそれを、愛おしく思う事は無く

 俺は廊下の消火器に飛びつくと、安全ピンを引っこ抜きながら持ち上げる。

 クッソ、こんな程度の重さで


 テロリストと坂本君の諍いで騒然としている内に、奥側の扉に移動する。

 消火器のノズルを差し込む為の隙間を作ると、俺はそこに向けて消火器を噴射した。


 数年前から主流となった、粉末式ではあるが人体に無害で、また時間経過で消火剤が自然に分解されるという、実に良く出来た消火器は。

 煙幕としても実に良く出来ていた。


 視界ゼロで、初見の森で、生物兵器化された熊と戦った時より楽だな。

 役目を終えた消火器をぶん投げながら教室に突入エントリー


 男の悲鳴で消火器の行方を確認しつつ、視界ゼロの教室を走る。

 反対側の入り口で立花が声を上げてクラスメートを誘導している。


 よし、立花はちゃんと仕事してくれた。

 後は俺が仕事をするのだ。


 揺れて邪魔でしかない自分の胸の感触を無視して、俺は机を踏み台にして飛び上がる。


「もうさつの特殊部隊が来たのか!?」


 煙幕の中から痩せた男の狼狽えた声が聞こえる。

 実に助かる。俺は間違いなく目標ターゲットであるだろう影に向かって膝蹴りをかまし、勢いそのままにマウントポジションを取る。


 人語にならない何かを喚く男、テロリストにはお似合いだろう。

 俺は銃を取り出して引き金を三度引く。

 床で頭が跳ねる音。


 殴打弾ボクサーバレットを至近で頭に三発。

 これで気絶してなかったら、殺すしかない。


 俺は銃と一緒に取り出していたナイフを男の鳩尾に当てながら暫し反応を待つ。

 男が完全に気絶している事を確認し、男の持っていた拳銃を手早く分解して床を滑らせて遠くにやる。


 よし、少なくとも暫くは動きださないだろう。

 俺は立ち上がり周囲を確認する。


 消火剤はかなり薄まったが、まだ視界は悪い。

 だが、クラスメートの気配は感じないので、咄嗟で無計画な作戦の割には百点満点の出来だろう。


 嗚呼、クソ。

 油断した。


 迫る気配に、自分が間抜けな油断をした事を悟る。

 今更何を思っても遅い。俺は歯を食いしばった。


 辛うじて差し込んだ右腕が衝撃に軋む。

 消火器鉄の塊が頭に直撃したくせに、立ち直りの速い奴だ。


 一瞬の浮遊、からの衝撃。

 机を薙ぎ倒しながら、恐ろしい事に教室の端まで吹っ飛ばされた。


 どれだけ馬鹿力なんだ、消火剤の霧の向こうで動く巨漢の影を涙目で睨みつける。こちとら小柄な少女だぞ、少なくとも外見は。

 だが、銃を撃ってこなかっただけラッキーだ。


 仲間に当たるかもしれないから、撃たなかっただけだろうが。とにかくラッキーである。

 衝撃で職場放棄していた肺がようやく仕事を再開する。


 消火剤のミントに似た匂いが鼻腔に広がる。

 ついでに背筋に悪寒が走る。


 巨漢の男が突撃銃アサルトライフルの銃口をこちらに向けたのが分かった。

 そりゃそうするよな、と思いながら俺は銃を撃ちまくる。


 狙いは男の持つ銃だ。

 今は小柄な少女の姿とはいえ、人間を教室の端まで殴り飛ばせるような奴だ。


 間違いなく普通の人間じゃない。

 非致死性の殴打弾ボクサーバレットでは全弾頭に頭に当てても気絶させられるか疑わしい。


 残りの残弾12発、全てを撃ち尽くす。

 グシャっという金属がひしゃげる音が聞こえ、俺は賭けに勝った事を知った。


 男の持っている銃はおそらく3Dプリンター製の銃だったのだろう。金属をプリントできるようになって随分と経つが、それでも強度の無さは解決できていない。

 男の銃のシルエットがシンプルだったので、そうだろうと思ったが、ヒヤヒヤ物である。


 殴打弾ボクサーバレットで壊れた銃を、男が投げ捨てるのを音で確認しながら。

 俺は教室の出口に向かって走る。


 背中は痛いし、骨は折れてないがあちこち打ち身で泣きそうになる。

 苦し紛れか、男が投げてきた机をかがんで避けて、滑り込むようにして立花が開けっ放しにしてくれた扉を抜ける。


 ちなみに女性用の下着は生地が薄いので、滑り込む時はスカートを間に入れよう。

 俺はケツに食い込んだパンツを指で戻しながら立ち上がり。


 そして叫んだ。


「なんで立花がいるんだよ!」


「ガクト君を置いてけないよ!」


 俺は扉を開けたら一目散に逃げろと言っただろ、という言葉を飲み込んで、立花の手を掴んで走り出す。

 ふざけんなよ、マジでふざけんなよ。


 背後で派手な音が鳴る。

 大男が扉を吹き飛ばして出てきた。


 あいつ、よくあの姿で騒ぎにならずに校内に侵入できたな。

 学校云々の前に街中歩いているだけで通報されそうだぞ。


「こっちだ!」


 俺は警察仕事しろと内心で愚痴りながら、外に出る最短ルートに行こうとする立花を引っ張って反対方向に進む。


「なんで!?」


 相変わらずの美男子ボイスで立花が戸惑う。


「そっちに行ったら逃げてるクラスメートに追いつくかもしれないし、二手に別れて立花を一人にするのも怖いからだよ!」


「え! その、ありがとう」


 今のどこに照れる要素があったのか?

 何故か照れる美男子フェイスの立花に、そう問いただしたいのを我慢して俺は走った。


 嗚呼!もう! 足のストロークが短い!

 あと胸! 胸が動く! 動くな胸!


 女の体が不便すぎる。

 俺はどっかの馬鹿に罵詈雑言を百程投げつけた。

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