第2話 ハイチャリティ

 高城蒼龍は夢を見ていた。昔の夢だ。


 対米戦争とルメイの問題に片が付き、世界の戦後復興と科学技術の急激な進歩を主導するだけとなったころ、妻の和美にガンが見つかった。高城蒼龍の知識によって医学も大幅に進歩をしていたのだが、それでも2032年の医学レベルには達していない。21世紀でもガンで死ぬ人は多かったのが現実だ。まだそのレベルに達していなかった日本の医学では、体中に転移した病巣を取り除くことは出来なかったのだ。


 高城は自らを憎んだ。もっと早くから医学の発展に力を入れていれば、もしかしたら和美を救うことが出来たのかもしれない。しかし、自分の持てる技術を軍事関連に集中させてしまったのだ。


 21世紀の知識を持って転生した高城蒼龍にとって、大戦の惨禍をできるだけ抑えるという事が一番の命題だった。その為に宇宙軍を組織して、ソ連とナチス、さらに軍産複合体になりかけたアメリカを潰すことに成功した。日米戦争が終結してしばらくは、世界中で民族問題による戦争やテロが発生したが、それも1960年代にはほぼ収束させることに成功する。高城が経験した前世より、平和で安定した世界になったことは間違いないだろう。


 しかし、高城の持っている技術を1910年頃から全て公開して、もっと早く人類の進歩を促すことも出来たのではないかとも思う。人々が飢えることなく物質的に豊かになれば、ソ連の共産主義革命もナチスの台頭も防げたのかもしれない。そうすれば、もっと医学も発達して和美を救うことが出来たのではないか。高城蒼龍にとって、そのことは最大の後悔でもあった。


 和美が病床に伏しもう命の砂時計が尽きかけていた頃、高城蒼龍は和美に全てを打ち明けた。そして、医学に力を注がなかった自分の不明を詫びたのだ。


「あなたが守ったこの世界を、未来に繋げて欲しい。それが、あなたと私の生きた証(あかし)になるわ」


 しばらくして、和美は永遠の旅路に出た。霊子や魂の存在が科学的に証明された今では、和美が常に自分を見守ってくれているという感覚がある。必ずアルマゲドンを乗り切って、人類の永遠の繁栄を手に入れなければならないのだ。それが、いつも自分を見守ってくれている和美との約束なのだから。


『・・・・・・でね・・・・こんな感じなのよ・・・あっという間よ、あいつ・・・』


『えっ?そんなに・・・・早・・・なんですか?』


『そうそう・・和美とのね・・・・・を私に見られて・・・・興奮してる・・・変態よ・・』


 ガバッ!!


「あ、起きた。話の続きはまた後でね!」


 楽しげなリリエルの声がする。直前まで、断片的に聞こえてきていたリリエルとヴィーシャの会話を思い出して、高城蒼龍は青ざめていた。汗もびっしょりかいている。


「おいっ!リリエル!ヴィーシャ!ちょっとそこに座りなさい!」


 ヴィーシャはともかく、霊的存在のリリエルは座ることは出来ないのだが・・


「な、なによ。女子の恋バナを盗み聞きするなんてサイテーね!」


「何が盗み聞きだ!人が寝ている最中に、お、お、おまえ何てことを話してるんだよ!」


「ヴィーシャが興味あるって言うから教えてあげたのよ!予行演習みたいなものじゃない!それにこの娘(こ)、士官学校の時にあんたに一目惚れして、モテるのに経験無しなのよ!あんた責任とってあげたら!?」


「いやーっ!やめてください!リリエル様!言わないで――!」


 ヴィーシャは顔をまっ赤にして高城の胸をドンドンと叩いた。リリエルは確かに高城の中にいるのだが、なんだか高城が責められているような感じだ。


「と、とにかくオレのプライベートな事を勝手にしゃべるなよ、リリエル!」


「何言ってるの?魂が融合してるんだからあんたのことは私の事よ!それとも私の自由意志を制限するつもり!人権侵害だわ!」


「と、とにかくそういうことはヴィーシャも遠慮しろよ。な、お願いだから」


「ヴィーシャ、上官の健康管理もあなたの務めよね?こいつ、眠りが浅いようだから今度からは睡眠薬を用意してあげて。そうすればぐっすり眠れるはずよ」


「リリエル!オレの恥ずかしい話、する気まんまんだろ!?」


 ――――


 静止衛星軌道上に浮かぶ巨大宇宙ステーションが、このハイチャリティだ。直径80kmの球形をした人工天体と言って良い。現在では軌道エレベーターの宇宙側ステーションとして、ほぼ同等の物が合計12基浮いている。


「ドレーク参謀総長、お久しぶりです。トラペジウム探索以来ですね」

 ※トラペジウム オリオン大星雲中心部にある散開星団


「ええ高城提督。あの想像を絶する光景は今でもまぶたに焼き付いています。トラペジウムの熱で宇宙戦艦が燃え上がった時には肝を冷やしましたね。それにタンホイザー・ゲートの近くで暗闇に瞬くCビームは芸術的でもありました。ささ、こちらへ」


 ドレーク参謀総長はイギリス出身で、かの大海賊フランシス・ドレークの血を引いている、らしい。顎髭を蓄えた50代の英国紳士だ。


 高城は艦隊指揮を執る時は提督の称号を使っているが、実際には「地球連邦宇宙軍元帥」の役職にある。


 ちなみに、地球連邦軍は常任理事国の軍隊の連合軍となっている。なので、地球連邦宇宙軍元帥の高城蒼龍は、大日本帝国宇宙軍元帥も兼任している状態だ。


 宇宙は広いので、テレビ会議以外で直接会うことは希だ。高城とドレークは1年半ぶりの再会であった。


「こちらが射手座A*の最新観測結果です。急速に霊子質量が増加しています」


 テーブル上の空間に映し出された立体映像には、観測部隊からの情報が映し出されている。光すら脱出できないブラックホールであっても、現在では霊子波による観測が出来るようになった。そして、ブラックホールの中心で胎動する、巨大な何かが確認できた。


「これは、ヘビ?」


 1200万キロものシュバルツシルト半径を持つ巨大ブラックホールの中心で、細長い何かがうごめいていた。そして、頭部のような物も確認できる。


 細長いと表現したが、それは直径2400万キロにもなるブラックホールと比較してだ。観測データからは、そのヘビの胴体の太さが数千キロにも及ぶであろう事がうかがえた。ただし、大きさの概念の無い空間なので、映し出されたイメージが正確にそのままという訳ではない。


「なあリリエル。これが悪魔の親玉、サタンなのか?」

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大日本帝国宇宙軍 ~神魔大戦編~ 朝日カヲル @KaoruAsahi

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