こわね

藤泉都理

こわね




 僕の将来の夢を君に言ってからずっと、君は言い続けてくれたね。

 君は僕がそうなると知ってずっと言い続けて来てくれたんだろうか。

 伝え続けて来てくれたんだろうか。


 遠い遠い、未来の話。

 そうだなあ。

 五十年は軽くかかるかなあ。

 五十年後だなんて、

 僕は六十五歳、まだまだ働き盛りだ。

 なんて。

 そんな事を言ったら、君は時間がかかり過ぎだと叱るだろうか、呆れるだろうか、笑うだろうか。

 それとも、君の耳には本当に、僕の声色はそういう風に聞こえていたのだろうか。

 ずっとずっと、そういう風に聞こえていたとしたら。

 僕は。


 う~ん、どうだろう。

 嬉しいだろうか。

 う~ん。悔しい、か、な。

 うん。悔しい。


 確かに、僕の目指すべき声色だけれど、ゆっくりとゆっくりと変化していく僕の声を近くで聴き続けてほしかったから。

 最初から僕の目指すべき声色が聴こえるなんて、嫌だ。

 ねえ、どうすればいい。

 今の君に、今の僕の声色を聞かせるには、どうすればいいんだろう。

 わざと甲高い声音を出せば、今の僕の声色が聴こえるかな。

 聴こえないって。

 参ったなあ。

 語り部として優秀じゃん喜べだなんて、無邪気に言わないでよ。


 急にどうしたんだい。

 もう行かなくちゃいけないって、何で。

 やらなくちゃいけない事があるって、何を。

 僕にもできる事があるなら手伝うよ。

 だからもっと一緒に居ようよ。

 我が儘を言うな、だなんて、ひどいなあ。

 君は僕と一緒に居たくないのかい。

 一緒に居たいなら何でそんなに急いで去ろうとしてしまうんだい。


 待ってよ。

 君の耳に今の僕の声音が聴こえないのが嫌だなんて、もう駄々を捏ねないから。

 行かないでよ。

 待っている、だなんて、そんな、

 待って、待ってよ。

 お願いだからまだ君と話を、


 あれ。

 僕は誰かと話していたような、

 ああ、うん、ごめん、前原。

 もう、時間だっけ。

 うん今行くよ。あれ、放送室ってどこだっけ。

 ああ、はは、ちょっと物忘れしちゃって、もう一年通っているのにやだなあ。

 今日はどの物語を話そうか。

 ああ。うん。それにしよう。


























 あなたは言っていた。

 戦争で喉を灼かれたあなたはずっと言い続けていた。

 若い時分。まだ、青年期のただ中に居るあなたは、この声音を嫌っていた。絶望さえしていた。

 表面上ではこの年でこんな声音を出せるだなんて喜ばしいと笑みを浮かべ続けていたけれど、本当はずっとずっと血の涙を流し続けていた。

 この年でこんな声音を出したくなかった。

 五十年先の未来で、ゆっくりゆっくりと色々な体験を経て、己の力で獲得したかったはずだと。

 私もまた、心中でだけで泣いていた。

 あなたの前では、あなたと同様に笑い続けていた。

 同意し続けていた。

 褒め続けていた。

 私の想いを強く受け止めて、あなたは生き続けていたけれど、生き続けようとしていたけれど。


 或る日、あなたは自殺した。

 私は泣けなかった。表面上でも、心中でも、泣けなかった。

 感情を失くしてしまった。


 タイムマシンを作った孫が会いに行っておいでよと言った。

 あなたに会いに行っておいで。

 孫に言われた私はふと、あなたの声音が聴きたいと思った。

 戦争前の、あなたが絶望する前の、あなたの声音を。

 だから、私は過去へと飛んだ。

 あなたに会いに行った。

 戦争に巻き込まれる前のあなたに会いに行ったのだ。


 けれど、あなたの声音は、あなたが絶望する声音のままだった。

 変わらない。

 いいえ、違う。

 こびりついてしまったのだ、私の耳には、あなたが絶望する声音が。

 私は、

 私もまた、絶望しそうになったけれど、

 負けるもんかと、

 生まれたとてもとても小さな火は瞬く間に燃え上がり、山さえも燃え尽くさん勢いの大火となった。

 絶望するもんか。絶望しない。

 言い続けた。

 あなたの声音は、素晴らしいもの。

 年数を経ていてもいなくても、戦争で喉が灼けた末に生まれた声音だとしても、とてもかけがえもなく、素晴らしいもの。

 タイムマシンに乗って、この時代に辿り着いて、この時代のあなたより四歳も幼い姿になってしまった私は言い続けた。

 ああ、けれど。けれども、私は。

 少しだけ、いいえ、大きく大きく願ってしまった。




 ゆっくりとゆっくりと変化していく僕の声を近くで聴き続けてほしかったから。

 そう照れくさそうに笑って言う、あなたの願いを私も叶えたかった。




 あなたの声音をもっともっともっと、最期まで、聴き続けていたかった。

 耳を傾けていたかったのに、











 ごめん、ごめんと、あなたが謝っているような気がした。

 あなたが絶望する声音を出せなくなって力が抜けたあなたの死体から、あなたの声音が聴こえた。

 あなたが目指していた声音。

 あなたが目指し続けて、未来を、現在を、過去を、幾重も幾重も過ごして、自然と沁み出せるようになった声音。


 ああ。いいえ。

 ううん。違うわ。

 私にとっては、いつの時代のあなたに会ってもきっと、

 あなたの声音は、











(2024.12.16)


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こわね 藤泉都理 @fujitori

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