第7話 煙の向こうの老人

 アレスは硬直して動けなくなった。


 煙の向こう側。そこから来た人なんてこれまで見たことがない。


 そして、ゴルギダスの言葉をアレスは砂漠に零れた水のように受け入れてしまう。


「はっはっは。まあ信じられないのも無理はないか。だが、今言ったことは……」


「本当に……! 本当に煙の向こう側に世界があったんだ!」


 アレスは手を震わせて喜んでいた。


 アレスの予想外の反応にゴルギダスは目を丸くしていた。


「なぬっ……アレスよ。君はワシの言うことを信じてくれるのか?」


「はい! もちろんです。ゴルギダスさん! 煙の向こう側はどんな世界ですか!?」


 アレスは前のめりになってゴルギダスに問いかける。


 ゴルギダスはそんなアレスの様子に若干戸惑いつつも続ける。


「煙の向こう側の世界か。それを知ってどうする?」


「え? どうするって言われても……」


「その世界の先に行きたいとでも言うんじゃないだろうな」


「もちろんそのつもりです!」


 アレスは自信満々に言い切った。煙の向こう側の世界に行ける手がかりがひょんなところから手に入れられるかもしれない。


「はっはっは。ワシがただの酔っぱらいや耄碌もうろくしたジジイの世迷言などとはまるで疑わんのかのう?」


「俺は……どうしても、煙の先にある世界に行きたいんです。その手がかりが手に入れられるんだったら酔っぱらいでもなんでも構いません」


「ほう。そうか……では、アレス。君に1つ教えよう。煙の向こうに行くにはエンゲージが強くなければならない」


「やっぱりそうなんですね」


「見たところ……アレス。君にエンゲージの才能はない。悲しいほどにな」


「うぐ……」


 アレスも薄々感づいていたことではあった。これまで幾度となくカードを引き続けていても強力なカードを出せることはなかった。


「しかし、アレス。それはあくまでも強力なカードを作る力がないだけの話。ならば強力なカードを作れる力を手に入れればいいだけのこと」


「え? そんなことが可能なんですか? だって、人が作れるカードは生まれつき決まっているって……」


「運命は変えられる。アレス。手を差し出すんだ」


 アレスはゴルギダスの言う通りに右手を差し出した。するとゴルギダスも右手を差し出してアレスと握手をする。


 握手をした瞬間、ゴルギダスとアレスの右手が光り出した。


「こ、これは……」


「ワシの力の一部をアレスに分け与える。これでアレスも強力なカードを使えるようになるはずだ」


「そんなこと可能なんですか?」


「ワシは煙の向こう側の世界を見てきた。これくらいのことはできる」


 いまいち説得力があるのかわからない根拠に乏しい理論をゴルギダスにぶつけられる。


 アレスは半信半疑ながらも右手にほんのりと残る温かさを感じていた。


「ただし、その力はアレス。君の本当の力ではない。だから完全に馴染むまでに時間がかかる」


「どういうことですか?」


「アレスにこのカードたちを使いこなすことはまだできないということだ。だが、エンゲージをし続けていけばいずれ真の力を解放できるようになるだろう」


 ゴルギダスの言葉の意味をこの時のアレスは理解できなかった。


「さて、ワシはそろそろ行くとするか。こんなところで時間を使っている場合ではないからな」


「ゴルギダスさんどこに行くんですか?」


「ふふふ。アレス。君が煙の向こう側に行こうとするのであれば我らの運命もまた交わることになるだろう。その時は……お互い敵になるかもな」


「敵……?」

 

 アレスは怪訝そうな顔をした。


「敵ならばどうして俺に力を?」


「水をくれた恩だ。助けてもらったら恩返しをする。ワシは親にそう育てられたからな」


 それだけ言い残すとゴルギダスは夕暮れの暗がりに向かって歩き出す。


 アレスもゴルギダスの後を追おうとしたが、脚が不思議と動かなかった。


 そうこうしている内にゴルギダスは闇に紛れて見えなくなり、ようやく脚を動かせるようになったアレスは自宅へと帰った。



 アレスがよくエンゲージをしている酒場。


 今日も多くの客で賑わっていた。そんな酒場に乱暴に入ってきた黒マントの男がいた。


 ドアを蹴破るような勢いで入ってきて常連客の1人が黒マントに絡む。


 その常連客はアレスとエンゲージをしたドレッドヘアーの青年だった。


「おいおい。そんな乱暴な入り方はないんじゃないのか?」


「お前がここで1番強いエンゲージバトラーか?」


「は?」


 黒マントの男はマントの中からデッキを取り出して、そしてそれをドレッドヘアーの青年に突きつけた。


「なんだ? やる気か?」


 ドレッドヘアーの青年もニヤリと笑い、自らの相棒たるデッキを取り出して黒マントの男と対峙する。


「さあ、楽しいエンゲージをしようじゃないか」


 ドレッドヘアーの青年と黒マントの男のエンゲージが始まった!



「ぐぬわああああ!」


 ドレッドヘアーの青年は吹き飛ばされて窓をぶち壊し、酒場の外に投げ出された。


「弱い。弱すぎる。この街にも俺を満足させるエンゲージバトラーはいないのか」


 黒マントの男は酒場のカウンター席に座った。


「マスター。窓を壊して悪かったな。修理代はこれで足りるか?」


 黒マントの男はドサっと金が詰まった袋を置いた。


「あ、ああ……」


「ついでだ。1杯くれ」


 酒場の窓を壊しておいてその酒場で飲む黒マントの男。周囲の客たちもざわつき始めている。


「なんだよあいつ」

「あのエンゲージを見たか? あいつ相当な手練れだぞ」

「ああ。間違いなくあいつとエンゲージしてはいけない。するのはよほどの命知らずだぜ」


 黒マントの男はマスターから酒を受けとるとそれをぐびぐびと飲み始めた。


「なあ、マスター。この街にはあいつより強い奴はいないのか?」


 黒マントの男は酒場の外で伸びているドレッドヘアーの青年を親指で指さした。


「あ、いや。あいつはこの街でも最強の勝率を誇るエンゲージファイターだ」


「そうか。ならば、俺がこの街の新しい支配者だな。くっくっく」


 黒マントの男は上機嫌に酒を飲みながら不敵に笑っていた。


 そんな黒マントの男とは対照的に酒場には嫌な空気が流れている。その空気をぶち壊す少年の声が聞こえてきた。


「な、なんだこれ! おい! どうしたんだ?」


「ん?」


 黒マントの男は外から聞こえる少年の声に振り向いた。


 その少年はアレスだった。アレスはドレッドヘアーの青年が倒れているのを見て彼を心配している。


「よお坊主。酒場になんの用だ?」


 黒マントの男が挑発するようにアレスに話しかけてきた。


「そんなことどうでもいい。こいつ怪我をしていて……」


「ああ、心配するな。それは俺がやったことだ」


「え?」


 アレスは目の前にいる見覚えのない黒マントの男をじっと見た。


「どうしてそんなことをしたんだ?」


「こいつが……弱いから。つい本気でボコボコにしちまったよ。こいつでな」


 黒マントの男がデッキを取り出した。それを見てアレスの目に炎が灯った。


「まあ、こいつはこんな弱さでもこの街で最強のエンゲージバトラーだったみたいだし、これからは俺がこの街の最強の支配者ってことでよろしくな」


 黒マントの男はアレスの頭に手を乗せてぐぐっと押し込むようにして力を込める。


「なにが支配者だよ。ガキかよ」


「あ?」


 アレスの言葉に黒マントの男は苛立つ。見るからに子供のアレスにガキだと言われたことがかなり腹立った。


「違うの? お前がやっていることって、ちょっと体がでかいだけの子供が他の小さい子供たちが遊んでいる砂場を荒らしてガキ大将気取っているようなもんでしょ」


「て、てめえ!」


 黒マントの男は青筋を立てて怒りだした。


「お、おい! アレスよせ! こいつは本当に強いんだ!」


 酒場の常連客がアレスを諫めようとするも時は既に遅かった。


「決めた。お前はエンゲージで泣かす。2度と大人に逆らえないようにな!」


「望むところだ!」


 アレスもデッキを取り出した。


「あーあ、アレスのやつの悪いところが出ちまった……」


 酒場の常連客はため息をついてしまう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

この世界はカードゲームで暴力ができちまうんだ! 下垣 @vasita

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ