情操教育テスト

秋犬

お受験の日

 今日は、私の待ちに待った「テスト」の日。


 お父さんは背広を着て、お母さんはお化粧をしている。私はこの前買ってもらったきれいなジャンパースカートを着て、玄関で待っているんだ。


美咲みさき、6の階乗は?」

「720!」

「日本の衆議院議員の議席数は?」

「465!」

「たくさんお勉強したものねえ。偉いわ、美咲ちゃんは」


 お父さんとお母さんに褒めてもらって嬉しいな。たくさん勉強したんだ。テストで合格すれば、来年からかっこいい制服を着て小学校に行けるんだって。嬉しいな、嬉しいな。


 私はお父さんの車に乗って、テストをする学校へ行った。学校は寒くて貧乏くさいところだってお母さんが言っていた。だから私の通う学校は最新の設備が備わっていて最新の考えを持った先生がいるところを選んだんだって。そうなんだ、すごいな。


 上履きを履いてお父さんとお母さんについて行くと、部屋の前で待たされた。ただ椅子に座るなんてつまらない。


「お父さん。中国の王朝名の復習をしてもいい?」

「もちろん。シンの次はなんだい?」

「シンと言っても始皇帝の秦とヌルハチの清、王莽の新もありますよ。どれですか?」

「さすが、美咲はよく勉強しているなあ」


 私は得意に思った。これで「テスト」は大丈夫だろう。今度はお母さんとローマ皇帝の名前を言っていたら、私の名前を呼ばれた。お父さんとお母さんと一緒に、私は部屋に入る。部屋には背広を着て眼鏡をかけた男がいて、にこにこしていた。


浜野はまの美咲さんですね」

「よろしくお願いします」


 お父さんとお母さんが男にそう言ったので、私も一緒にお辞儀をする。


「おねがいします!」

「元気なお嬢さんですね。早速試験に移りましょう」


 男が机の上にクレヨンやいろんな色の紙切れを並べた。


「これを使って、美咲さんが考える楽しい動物園をこの画用紙に表現してください」

「すみません、ちょっとよくわからないんですけど」


 男の言っている意味がわからないので、私は男に問い返す。


「難しかったかな? この画用紙にね、好きな動物さんをたくさん描いてほしいんだ」

「それがテストと何の関係があるのか、簡潔に説明してください」


 男の応答がない。


「えー、そんなこと聞いてくるお子さん初めてだな……試験の意図は受験生に伝えられないことになっているんだ、ごめんね」

「私はテストを受験しに来ました。絵を描きに来たのではありません」

「少し待っていてください」


 私はお父さんに連れられて、廊下に出された。


「テストは動物の絵を描くことに変更になった。知っている子供の好きそうな動物を列挙しろ」

「ぞう、きりん、わに、ライオン、しまうま」

「よし、その動物をクレヨンで描け。いいな?」

「はい、わかりました」


 私はもう一度部屋に戻って、見事な動物の絵を描いた。男は首をひねりながら絵を受け取った。これで「テスト」は終わりだ。これで私は小学生になれるのだ。楽しみだな。


***


 それからしばらくして、美咲の小学校からの不合格通知を前に悩んでいる者があった。


「やはりこの星の住人の知的レベルの調整が難しいな」

「前回の学習内容では役に立たないということか」


 不合格通知の隣には擬態用ロボット「MISAKI」が内部の人工知能を露わにされて寝かされていた。


「だから前回の大学入試の学習内容を消した方がより年齢が幼く見えると言ったんだ」

「でも、せっかく学習したものを消すなんてもったいないよ」

「それなら、MISAKIは情緒ベースの学習をもう少しするべきなんじゃないかな」


 MISAKIの製作者たちは顔を見合わせる。


「今のところ、MISAKIにあるのは知識欲と承認欲求だけだ。これではいくら知識を吸収しても、人間社会ではやっていけないだろう」

「なるほど、それでは学習内容をもう一度検討しよう」


 地球の調査のために訪れた異星人たちは頭を抱えた。


「しかし、妙なものだ。年齢の低い者には情緒を試すようなことをして、それ以降は知識のみでテストを行うというのは」

「全くだ。情緒の発達も知識と同じくらい平等に試験されるべきであろう、我が星より劣っているな」


 電源を落とされたMISAKIはうつろな表情で天井を見つめていた。


 ごめんなさい。お父さん、お母さん。

 役立たずの娘でごめんね。

 次はきっと、あなたたちの理想の娘になってみせるから。


〈了〉

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