呼ばれるまで

いすみ 静江

長いっしょ

 私が暗闇に包まれたトスの住まうトストマスじょうの窓から外を眺める。先程から涼しくなったと思っていた。


「あの下町で湖の漁業を父がしていた。いや、しているのだろな……。手紙一つ書いていない、親不幸者だ」


 真っ白なふっさふさのヌーコ種で瞳が澄んだサファイアに輝いている。純血種市場に出回っていた上ヌーコスクールを出たばかりとの価値が推薦の試験を軽くパスさせた。父との別れの朝も知らずに湖畔の城へ移って行った。


旦那だんなさま、おやかたさまがお呼びでございます。お寒いのでこちらもお持ちしました」


 メイドのイムイム・テンジョウが綾織りのストールを持ってきた。彼女は白地に黒いブチがちらちらと花のようにあって可愛らしい。


「イムイム、そなたのご家族はどうしておられるかな。エレーズ地帯に大雪が降った日だ。馬車ごと転げていたご一家をお館様の家で暖を取らせ、せめてもとメイドとして一人雇って一年が経ったな」

「は……。暖を取らせると、旦那様のお傍にむかえてはいかがかと、ご城主であられるお館様が試験をなさいましたね。私の大好物、ヤキイモアラカルトテストでした。下町の者には親しみのあるイモの種類を当てるという」


 そういえば、お館様が、イムイム、イムイムと唱えなさって、はっとされていた。


「そこで、君の名が運を呼び込んだ訳だ。イムイム、東洋とうようという陸続きの彼方では、『仏仏ぶつぶつ』と尊い名らしいぞ」

「さ、さようでございましたか。てっきり食い意地をみられたのかと思いました」


 折角なので「ありがとう」と冷え性の私はストールを肩に斜めにかけた。「やはり雪の精霊の到来か。横殴りであの中にいたらホワイトアウト間違いないな」と背中に語らせた。ストールと心遣いで体がほっとする。


「イムイム、一年も仕えてくれたのだ。旦那様でもいいが、私はお館様をお慰めするだけの存在だ。もう少し砕けて呼んでも構わないぞ」

「少々お時間をいただきますが」

「構わぬ」

「ミジョリムパシフィム・エス・ハレストアマモリクモーリ様、お館様がご夕食にとお呼びでございます」


 やはり長かった。無駄に長い名前だが、致し方あるまい。私が産まれたとき、黒雲のような厭なことがあったらしい。わざと呪文を織り込んで名前をつけてお守りにしてくれたと、父が語っていた。

 ずっと、「お母さんはお使いに行っている」と話してきた父が、私のスクールが終えると託すかのように、母は二人を産み落として、ミルクを与えながら力尽きた真実を語ってくれた。

 だから、父のピケ・エス・ハレストアマモリクモーリは、熱心に私を育ててくれた。「学は要らぬ」と言われがちだが、この世界で湖畔にある青いお城に暮らす貴族のおそばへとのし上がれたのだから感謝だ。


「食堂へ参るか」

「お館様もお喜びになると思います」

「毛並みぐらいは整えていくものか」


 直ぐ後ろでブラシセットを持って控えているイムイムって、ちょっと可愛い。せっかくなので、頼んだ。ブラッシングをしながら、イムイムから「私も可愛い名前に生まれたかったな」と漏らした。仕方がないので、変顔で対応。


「縁起がいいのに?」


 変顔に抗議しながら、「ミジョリムパシフィム・エス・ハレストアマモリクモーリ様は、最高のお名前だと存じます」とお冠だ。


「それって、ヤケ? 運がもっとひらけるよ」

「旦那様は、『旦那様とは水臭い』と仰ったではありませんか」

「じゃあ、ブツブツがいいの?」


 シャーッ。


「お、落ち着きなさい」


 お互いに光るも曇るも気持ち次第だと学ぶには若かったな。


「待っていたよ、モンプチかわいこちゃん


 お館様はお優しいお方なので、食堂で私とイムイムがテーブルで食べても笑顔でいる。イムイムが咲かせた名も知らない花がきらきらしていると皆で笑った。一周年のお祝いは、平和な日々に感謝ということかな。


       【了】

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呼ばれるまで いすみ 静江 @uhi_cna

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