第8話 戦いの振り返り――帰路にて
森を抜ける帰り道、一列になって村に向かう。
村人の一人が迷子の子どもを背負いながら慎重に進む。子どもは寒さと恐怖に疲れ果て
ており、すっかり眠り込んでいた。その小さな寝顔に安堵しつつも、俺の胸には戦いの
記憶が蘇っていた。
「無事でよかったよ、本当に……」
俺がしみじみと呟くと、隣を歩くアネットが短く頷いた。
「もう少し遅れていたら危なかった」
言葉はざっくりしているが先程以来なんとなく距離が縮まった気がする。意外と面倒見
のいいタイプなのかもしれない。
「あの子、奈落の獣から、よく隠れられたね」
「運が良かった。匂いの強い草が生えているあたりだったから」
「奈落の獣は動物は何でも食べる。子どもは柔らかいから……残さず食べられる」
その冷静な分析に、俺は背筋が冷たくなるのを感じた。
しばらく進んだ後、俺は前方を歩いていた護衛の騎士ラウルに声をかけた。
彼は今回スクワイアエンジンを操作した一人で、今は別のナイトランナーにその役目を
変わってもらっている。その表情には戦闘の緊張が未だ残っている。
「さっきの戦い、どうしてあのタイミングでスクワイアを動かしたんですか?」
ラウルは少し驚いたような顔をした後、静かに答えた。
「獣が狩人たちに狙いを定めた瞬間ですよ。こちらの攻撃の初動を悟らせないようにし
たかった」
「悟らせない……?」
「奈落の獣は意外と勘が鋭い。こちらが攻撃態勢に入ったと察知すれば、瞬時に間合い
を詰めてくる。それを防ぐために、網を使ったり狩人の攻撃とスクワイアの攻撃を連携
させたんですよ」
俺はその説明に感心しつつも、思わず口を開いた。
「でも、それでもスクワイアが押されていたよな」
ラウルの表情が険しくなる。
「ええ、成獣でしたからね。単独で相手にするような相手じゃなかったのは間違いあり
ません。勿論スクワイアは機動力や戦術性に優れていますが、森の中で、しかも力比べ
となると分が悪いのは確かですね」
ラウルが指先の感覚を思い出すような動きをしていると、アネットが会話に加わり、厳
しい声で補足した。
「背中を向ければもっと危険。あの流れに問題はなかった。ただ奈落の獣は本能的にエ
ーテルを操る。……私たちより鋭く、速い」
そう。奈落の獣の特性であるエーテルによる全身の強化。それはすなわち普通の武器や
攻撃が通らない事を意味している。
どうしても元々の性能という意味では、分が悪い戦いになってしまうのだ。
「エーテルって、そんなに万能なのか?」
俺はふと湧き上がった疑問をそのまま口にした。
「矢に込めるとか、ナイトエンジンの駆動とかに使われているのは見たし知ってるけど
……本当にそれだけで獣と渡り合えるのか?」
アネットは歩調を緩めながら答えた。
「万能……とは思わない。エーテルを扱える人は稀。矢に込めて放つのも……操作がい
る」
「エーテルの量や流れを調整して放つ……と、と言いたいのかと」
ラウルが補足し、アネットが頷く。ちなみに騎士に取り立てられるのは、このエーテル
を一定量体内に保有していて、それを操作する見込みがある人だけなのだという。
「どうやって、どのくらい出すか。そのあたりの感覚は人間でも難しいですね。全身か
ら出すというのは獣ならではです。ナイトに関して言えば、エーテルを掌から放出して
動かす力にしています。勿論それだけで全部賄うのだけでなく、エーテル結晶が元々設
置されており、それを反応させるために少量流す程度ですが」
「やっぱりエーテルを使いこなせないと、ナイトもただの鉄の塊ってことか……」
「そうです。だからこそランナーたる我々自身の訓練を怠ることはできません。適切な
エーテルのコントロールをできるか否か。剣や弓矢ともまた違った形にはなりますが、
すぐに動かせる事はありませんよ」
その言葉に、俺は改めてエーテルという力の重要性を実感した。この世界で生きるため
には、人間の技術とエーテルの力、その両方を極める必要がある。
「いえ、つまりはしっかり腰を据えて動かし方を覚える必要がある、ということです。
ディルムッド様もあまり焦りすぎないように。……あまり軽々と追い越されると、我々
の立つ瀬がありませんからね。じっくりお願いします」
こちらの沈黙から何かを察したのか、ラウルはそんな言葉を付け加えた。アネットも頷
く。
色々と周りには恵まれているな、俺……。
森の出口が近づき、木漏れ日が差し込む中で俺は一つの決意を胸に抱いた。この力を、
自分なりに使いこなす方法を見つけなければならない。
森からでて森の入口まで出た。村人たちが喜びの声を挙げている。先行していた父は村
長と騎士団のメンバーと話し込んでいる姿が見えた。彼らの表情には安堵の色があるも
のの、まだ戦闘後の緊張感が残っている。
父エドモンドは、黒いマントを翻しながら隊長の一人と何かを確認している。その鋭い
目つきと堂々とした姿勢には、誰もが従わざるを得ない威厳があった。
「……父さんたちが来た瞬間、完全に流れが変わったよな」
俺の呟きに、護衛のラウルが同意するように頷いた。
「エドモンド様の指揮は圧巻でした。聞けば獣の痕跡が全く見つからないことから、こ
ちらにいるのではないかと急いで向かっていたそうです。
「そして全速力で掛けてきた上で獣を包囲し、一点集中で攻撃する動き――あれは熟練
した指揮官でなければ成り立たない戦術です」
「あんな近距離で獣を囲むのって、相当危険なんじゃないか?」
今更だが、スクワイアは近距離型と遠距離型がいる。今回は思わぬ形での探索だったた
め戦力もバラバラだったが、父が連れてきた隊には遠距離型のスクワイアがあった。
手傷も追わせていたし、あれだけの数で囲めば距離を取ったまま仕留める、ということ
も可能だったんじゃないだろうか。
俺がそう尋ねると、ラウルは真剣な表情で答えた。
「確かにリスクはあります。だが森や山といった地形で、奈落の獣は思わぬ動きをする
ことがあります。あの場で勝負に出たエドモンド様の判断は迅速で的確だったと思いま
す」
「子どものこともあった……逃さないというのは正解」
会話に加わったアネットが淡々とした声で言葉を続けた。
「集団での戦い方も見事。連携も良かった」
「日頃から鍛え上げた動きがあるから、隊全員が指揮に迷わず従える。そしてその信頼
関係が、命を救う結果に繋がるということです」
(信頼、迅速な判断、連携……俺にはまだまだ遠い話だ)
父が一瞬こちらに目を向けたが、何も言わず再び騎士団と話し続けた。
その姿を見つめながら、俺は自分の未熟さを痛感していた。
まだ子どもとはいえ、先は長いよな。
時刻はすでに薄暗くなってきて、村の灯りがつき始めた。その温かな光が疲れた体を癒
してくれるようだった。だが、それ以上に心に重くのしかかるのは、今回の戦いで見た
もの、感じたものだった。
(俺はまだまだだ……騎士たち、父さんのように動ける日は来るのだろうか)
戦術の理解、エーテルの扱い、そして連携――すべてが俺にとっては未知の世界だ。
そんな考えに耽っていると、隣を歩いていたアネットがふと足を止めた。振り返ると、
彼女は真っ直ぐに俺を見つめていた。
「坊っちゃん。今日はお疲れ様」
「俺はただついて行っただけだよ。なにもしてない」
苦笑交じりにそう言うと、彼女はかぶりをふる。
「終わってから考えるのは……次を見据えてるから。分かってる」
彼女の声には、どこか優しさが込められていた。その言葉が不思議と心に響き、俺は小
さく頷いた。
「ディル坊っちゃまも……いずれ立派な守護者になれる」
そう言って微笑む彼女から目を逸らしつつ、今晩の修行……秘密のトレーニングを、改
めて頑張ろうと思った。
―――エーテルを使いこなす。目の前で見た皆の力を思い返し、今夜ならやれるのでは
ないかと少しだけやる気が上がった。
ナイト・エンジン〜よくある中世ヨーロッパファンタジー世界でのロボット騎士道生活〜 トランジスタラジ男 @ifdawnbreaks
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