雪を待つ

渋川伊香保

雪を待つ

兎は雪を待っていた。近所の幼稚園児のためにそのお父さんが作った雪の兎。耳は大きな竹の葉で、目は公園のピラカンサスでできていた。鼻と口も雪を削ってできている。おかげで息ができるようになっていた。

雪は前日の夕方に振り始め、朝になる頃には止んでいた。雪が止むと途端に雲が去り、太陽が照らし始める。冬とは言え、太陽からの熱は容赦なく兎の体を溶かす。既に背中の形は崩れ始めていた。

「あ、おとしゃんの兎さん!」

兎を作ってもらった幼稚園児が駆け寄る。制服の上に暖かそうな上着を着ていた。寒さで鼻が赤い。兎を連れて登園しようとして説得され、トボトボと去っていった。

朝が過ぎ昼になると、さらに日差しは強まった。周りを覆っていた雪も溶け出し地面が顔を出し始めいた。兎の体も心做しか少し小さくなったようだ。

(ああ、これまでか)

せめてあの幼稚園児の帰りを待ちたかったが、段々体が溶けていく。

夕方が近付き、帰りの幼稚園児を迎えることはできたが、体の形は崩れ、一見して雪の山のようになっていた。

それでも兎は雪を待つ。そうすれば、あるいは元に戻れるかもしれない。

夕方になり、雲が広がってきた。日が落ちるころに降りはじめた雨は、夜になると雪に変わっていた。

しんしんと降る雪。

あれだけ待ち望んていた雪だが、兎は雨で溶けてしまっていた。

勤め先から帰る途中の父親が、兎だったものを手に取った。新しい雪を手で固め、耳だった竹の葉と目だったピラカンサスを再びつける。口と鼻も雪を削って作り上げた。

新たに作られた兎も、息をつけるようになった。

朝になれば、またあの幼稚園児に会えるだろう。それまでは、よい夜を。

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雪を待つ 渋川伊香保 @tanzakukaita

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