第6話 私だけのお姫様

「姫奈。今日は先輩のところに行く日じゃないの?」


 昼休みになっても席を立たない私を見て、悠里が不思議そうに首を傾げた。

 今日は水曜日。なんとなく、私が衣織先輩と昼食を食べるようになった曜日だ。


「行く。行くけど、その、緊張しちゃって」

「緊張? アンタが?」

「私をなんだと思ってるの?」

「プリンセス詐欺師」


 そう言って悠里は私をからかうように笑う。むかつくけど、今はどうでもいい。


 私だって今すぐ先輩のところに行きたい。でも、でも……!


「好き過ぎて緊張しちゃうの。分かるでしょ……!」


 先輩と接するたびに好きになっていって、球技大会の時に可愛い面まで見てしまって。

 私の脳内はもう、100%衣織先輩でできている。ちなみに脳内でなら7回くらい結婚式だってした。


 しかし、実際は恋愛的な進展はなにもない。

 確実に距離は縮まっていると思う。だけど……。


「このままじゃ、将来衣織先輩の結婚式で親友スピーチやることになっちゃう」

「結構図々しい妄想じゃん」


 呆れたように悠里は私の肩を叩く。そして、教室のドアを指差した。


「そんなことよりきてるけど、衣織先輩」

「悠里どいて」


 悠里を押しのけるように、全速力でドアへ向かう。衣織先輩は私と目が合うと軽く右手をあげた。


 やばい。格好いい。


「姫奈ちゃんが遅いから、迎えにきちゃった」


 ふふ、と先輩が笑う。口元だけの、ちょっと余裕そうな笑い方。


「衣織先輩……」

「行こっか」


 球技大会の日から、私たちはよく中庭でご飯を食べるようになった。

 滅多に人がこない、あの場所で。


 二人きりになりたがってるんだから、私に好意はあるよね。

 問題はそれをどうすれば恋愛的なものにできるか、だ。


 この恋は、今までの恋とは全然違う。だからこそ絶対、私は衣織先輩と付き合いたい。





「姫奈ちゃん。これ、一緒にどう?」


 先輩がブレザーの胸ポケットから取り出したのは、水族館のチケットだった。


「親がくれたんだけど、二人用でね」

「一緒に、ってことですよね!?」


 興奮気味に返すと、衣織先輩はあっさり頷いた。


「そう。私とデートに。どうかな?」

「行きます!」


 反射で叫ぶと、衣織先輩は楽しそうに笑った。衣織先輩の笑顔が見られるのは嬉しいけれど、なんだかからかわれているような気もする。


 そもそもデートって言い方も狡くない?


 先輩はもしかして、私の好意が恋愛的なものだって気づいてるのかな。

 まあ、結構がっつりアピールしてると思うし、気持ち悪がられないなら、むしろバレてほしいんだけど。


「楽しみだね、初デート」


 私の目を見ながら、衣織先輩はそう言った。


「……もしかして先輩、私のことからかってます?」

「うん。ちょっとだけね」


 やっぱり。

 先輩って仲良くなったらこういうタイプだったんだ……めちゃくちゃ好き。


 もうだめだ。先輩がどんな行動をしてもツボにしか入らない。全てが好き! のレベルになっちゃってる。


「姫奈ちゃん、表情がくるくる変わって可愛いから」

「……そういうこと言うから、王子様扱いされるんじゃないですか?」


 ちょっとだけ反撃してみたくなった。

 意外だったのか、先輩が軽く目を見開く。だけど私が達成感を感じるより先に、先輩は私を追撃した。


「姫奈ちゃんにしか言わないよ」

「……さすがに狡いです」

「狡いって、なにが?」


 先輩は笑って私の顔を覗き込む。先輩の目に映る私はあからさまにうろたえていて、それを先輩が楽しんでるんだろうってことはすぐに分かった。


「先輩。あんまりからかわないでください」


 先輩にからかわれるのは好きだ。だけどほどほどにしてほしい。慣れていない私は、どう振る舞えばいいか戸惑ってしまうから。


「それはどうだろう?」

「……あんまりからかったら、私だって怒っちゃうかもしれませんよ?」

「いいね。怒った姫奈ちゃんも見てみたいかも」


 先輩は平気な顔でそう言って、スポーツドリンクを飲んだ。

 さっき自販機で買ったばかりなのに、もう半分くらいしか残っていない。


 すう、と大きく息を吸い込む。先輩は大好きだけど、からかわれてばかりいるのは性に合わない。


「ねえ、先輩」

「なに?」

「私が恋愛的な意味で先輩を好きだって言ったら、どうします?」


 思っていたほど、先輩は驚かなかった。

 曖昧な笑みを浮かべて首を傾げ、さあ? と意味深に笑う。


「その時になってみないと分からないよ」


 先輩、私のこと舐めてますよね。

 からかわれて焦るだけの女じゃないんですよ、私は。


「先輩。じゃあ、今をその時にしてみます?」

「……え?」


 先輩の顔に動揺が走る。うん、その顔も可愛い。


「衣織先輩」


 いきなりごめんなさい。

 でも、挑発した先輩のせいでもあるんですからね?


 先輩の顎を右手の人差し指で持ち上げる。姫奈ちゃん、と先輩が口にするより先に、私は先輩の唇を奪った。


 私にとってはファーストキスだ。

 だけどそんなこと、顔には出さない。


「言っときますけど、私、ガチですからね?」


 衣織先輩が真っ赤になった顔を両手で覆う。ああもう、食べちゃいたいくらい可愛い。


「覚悟しておいてください。先輩のこと、私だけのお姫様にしてみせますから」

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学園の王子様系女子を、学園のお姫様系女子が攻略しようとする話 八星 こはく @kohaku__08

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