第5話(衣織視点)可愛い子

 どうしよう。こんな時、どんな顔をすればいいんだっけ?


 顔がやたらと熱くて、心臓がやたらとうるさい。

 自分が今酷く情けない顔をしているような気がして、心が落ち着かない。


「衣織先輩。ちょっと、人がいないところに行きましょう」


 そう言って姫奈ちゃんが、私の手を引っ張ってくれた。





 球技大会はグラウンドと体育館で行われているから、中庭には誰もいない。

 私たちは中庭の隅にあるベンチに座った。


「……ありがとう、連れ出してくれて」


 あのままみんなの前にいたら、今頃どうなっていただろう。

 周りの子たちは、王子様らしくない私にがっかりしたかもしれない。


 年を重ね、身長が伸びるたびに、格好いいと言われるようになった。いつからか、王子、なんて呼ばれるようになって、女の子らしい私はどこかへ消えてしまった。


 別に嫌だったわけじゃない。格好いいものは好きだし、女の子らしい服やメイクは好きじゃないし。

 王子、なんてあだ名を誇らしく思ったことすらある。


 でも、私は男じゃない。まさかそれを、姫奈ちゃんみたいな可愛い子が言ってくれるとは思っていなかった。


「いえ。私は別に、私がしたいようにやっただけですから」

「でも助かったよ、姫奈ちゃんのおかげで」

「それならよかったです」


 私の顔をじっと見つめて、姫奈ちゃんが柔らかく笑う。

 大輪の花がほころぶような華やかな笑顔。触れたら壊れそうなほど華奢な彼女が、さっきは堂々とした姿で私を守ってくれた。


 姫奈ちゃんは、私に王子らしさなんて求めてないのかな。


 そう思うと照れくさいような気もするし、ちょっとだけ悔しいような気もする。


「ごめんね。姫奈ちゃん、時間はいいの?」

「はい。正直、試合に出なくてもいいと思ってますし」

「さすがにそれはまずいでしょ」

「……あんまり、時間はないかもです」


 姫奈ちゃんが唇を尖らせながら言った。ころころと変わる表情は見ていて飽きない。


 最初は、可愛い子だなって、それだけだったけど。


 いつからか、姫奈ちゃんがきてくれることを期待するようになった。

 ホームルーム開始前の時間。昼休み。放課後。

 今日だって、姫奈ちゃんがきてくれるんじゃないかとそわそわしていた。


 きっと、姫奈ちゃんが真っ直ぐだから。

 いきなり目の前に現れて、仲良くなりたい! なんてぐいぐいくる子、他にいない。姫奈ちゃんはあまりにも鮮やかだ。


「じゃあ戻ろうか。姫奈ちゃんのサッカー、応援するよ?」

「お、応援されるほどのものではないんですけど」


 少し困ったように姫奈ちゃんが目を逸らす。不意に、姫奈ちゃんの指が目に入った。

 爪が淡いピンクに塗られている。


「爪、可愛いね。自分でやったの?」

「えっ、いや、えっと……これは、お店です」

「そうなんだ」

「こ、これジェルネイルなので! ほら、道具持ってないんですよ。普通のだったら、自分でやることもあるんですけど」


 姫奈ちゃんがやたらと早口でまくし立てた。ネイルを塗るのが得意じゃないって、素直に言ったっていいのに。


 姫奈ちゃんがあんまり器用じゃないことは、もう知っている。

 こう見えて整理整頓が苦手なんだろうなってことも、興味がない相手には愛想が悪いことも。

 そして、姫奈ちゃんが私の前ではなぜか可愛く振る舞おうと頑張ってくれていることも。


「ねえ、姫奈ちゃん」

「はい」

「後で、私の試合も観にきてよ。私、活躍する予定だから」

「絶対行きます! あっ、動画撮ったりしてもいいですか!?」

「いいけど、撮ってどうするの?」

「えっ、いやその、えっと……」


 SNSに載せるとか、思い出用だとか。

 いくらでも言い方はあるだろうに、姫奈ちゃんはなぜか困っている。


 本当、可愛い。


「いいよ。姫奈ちゃんなら、いくらでも撮って」


 ふっ、と軽やかに笑い、立ち上がる。ありがとうございます! という姫奈ちゃんの大声が中庭に響いた。

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