後日譚:八坂の物語

平和な日々が続く八坂村。村人たちは穏やかな暮らしを送りながらも、ふと夜になると誰もが同じ夢を見ることがあった。


その夢には、青白い光に包まれた少年の姿が映っていた。彼の背中は広く、強く、そしてどこか寂しげだった。


「優真……あんたなのかい?」


村の祠に灯籠を置きながら、優真の母親はそっと鏡を撫でた。その鏡はもう何の光も放たないただの古い遺物となっていたが、彼女にとってそれは世界で最も大切なものだった。


ある日、村人たちは村の外れにある裂け目跡に集まっていた。


裂け目は完全に消え去り、今では緑の草と花がその場所を覆っていた。しかし、村人たちはその場に足を踏み入れるたびに、奇妙な安心感と不思議な懐かしさを覚えていた。


「この場所が、俺たちの村を救ったんだろうな。」


村の青年がぽつりと呟いた。その言葉に、周囲の人々は頷いた。


「裂け目が消えたのは優真のおかげさ。」

「俺たちがこうして暮らせているのも、あいつの力だろう。」


その言葉を聞いた優真の母親は、静かに微笑みながら小さく頷いた。


「そうね……あの子はいつだって、私たちのことを守ってくれた。」


村の夜。月明かりが静かに降り注ぐ中、祠の前には青白い光が僅かに灯っていた。


「優真、あんた、今どこにいるのかしらね。」


母親は祠の前に座り、空を見上げた。赤い月はもうどこにもなく、澄んだ夜空には無数の星が輝いている。


「本当にありがとう……。でも、たまには顔を見せてくれないかい?」


彼女が呟くと、どこからともなく優しい風が吹き抜けた。その風は髪をそっと撫で、彼女の涙を優しく乾かしていくようだった。


「……あんたらしいわね。言葉も何もないなんて。」


彼女は少しだけ笑って立ち上がると、祠の前に手を合わせた。


祠の奥に置かれた鏡は、微かに光を放ったように見えた。それは一瞬のことだったが、母親はその光を確かに感じ取った。


「……優真、頑張りすぎるんじゃないよ。」


彼女は鏡にそう囁き、静かに祠を後にした。


鏡の向こう側

その頃、どこか別の世界――鏡の向こう側では、優真の姿があった。


彼は広大な青白い空間を歩いていた。無数の鏡が彼の周りを漂い、それぞれが異なる未来の光景を映し出している。


「全部……繋がったんだよな。」


優真は立ち止まり、目の前に浮かぶ鏡に手を伸ばした。その鏡には、平和に暮らす八坂村の人々の姿が映っていた。


「守りたいものは守れた。でも……やっぱり寂しいな。」


優真は微かに笑い、鏡をそっと撫でた。その笑顔には、どこか満足感と哀愁が混じっていた。


「ま、仕方ないか。」


彼は鏡の向こう側にいる母親の姿を見つけ、手を振るように動かした。


「俺はここで見てるからさ。みんなが幸せに暮らせるなら、それでいいんだ。」


鏡の向こうから、優真は静かに見守っている。八坂村の人々が築く平和な日々と、その先に広がる未来を――。

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