三章 恋、見つけた!
「どう、
「ああ。新しいことだらけでなかなかに大変だがその分、楽しくもある」
「そう……」
「君の方はどうだ?」
「うん、なんとかやってるよ。やっぱり、自分で企画から立てるのは楽しい」
「そうか。よかったな」
「うん……」
ふたりはそれきり黙り込み、黙々と食事をすすめた。
北海道にある
せっかく、クリスマスをふたりで過ごすためにやって来たというのに、心に沸き立つものがない。会話もつづかない。
ジッと
「な、なに……?」
ただならぬ雰囲気に、
「
「えええっ⁉」
いきなり言われて
「すまない。こんなことを君に言うのは本当に失礼なことだと承知している。しかし、これは、おれの本心だ。おれはこの通りの性格だ。アツい愛情を人に向ける、なんていうことはできない。その点で女性に不満をもたせてしまうことは自覚している」
「そ、それは……」
そんなことはない! と、即座に言えないあたりにまた罪悪感を感じてしまう。
「まして、いまははなれて暮らしている。君の心の隙間に魔が忍びよる……ということもないとは言えないと思う。それに関して、責めることもできないと思う。だからと言って、君に浮気されたくはない。おれはおれなりに君を愛しているつもりだ。君とは一生、添い遂げたいと思っている」
「
――やっぱり、この人はあたしのことをちゃんと愛してくれている。想ってくれている。ただ、愛情表現が下手なだけなんだ。
そう思った。
それだけにほんの一瞬――それも、未遂――とは言え、浮気を望むようなことをしてしまったことに罪の意識を感じる。
「そこでだ」
「その心の隙間を埋める提案をしてみたい」
「提案?」
「推し活をしてみないか?」
「推し活?」
思いがけない言葉に、
「推し活ってあれ? アイドルとか、二次元のキャラを応援しまくるっていう……」
「そう。それだ。ネットで見たが、推し活というものはずいぶんと熱烈なものらしい。惜しみなく愛情を捧げる推しがいれば、心の隙間も埋まるんじゃないかと思う。どうだ? 手頃な推しを見つけてみないか?」
自分のことを思っての提案なのはわかる。わかるのだが――。
――こういうところはやっぱり、ずれてるかも。
と、少しばかり疑ってしまう
「で、でも、推し活って、かなりお金が必要らしいし……」
「それは、承知している。まして、応援するために同じグッズを大量に買い込むなど愚の骨頂。不合理の極み。そんな行為には賛成できない。しかし、その点で大きな発見があった」
「発見?」
「
「へ、へえ、そうなんだ。知らなかった」
「よく考えたものだ。確かに、この仕組みなら無駄がでない。なんの役にも立たないグッズを買い込むかわりに再生可能エネルギーの普及に貢献できる。しかも、ファンの課金によって太陽電池を購入することで設備費をタダにできる。太陽光発電は燃料代はかからないから、設備費がタダならエネルギー自体もタダにできる。タダのエネルギーが普及すれば当然、物価も安くなる。
推しを応援するためにいくら課金しても無駄にはならない。世の中に貢献できる上に自分自身にもちゃんと返ってくる。きわめて合理的な取り組みだ。実は、この近くにも戦国大名、
そう言われて――。
「か、考えてみるわ」
そう答えるのが精一杯の
「……さすがに驚いたわ」
「……まさか、
と言って、いきなり『推し活してみないか?』はないわよね。
そう思う
デパートについた途端、意外な光景に気がついた。デパートの前にちょっとした人だかりができている。その向こうからは歌声が響いてくる。お世辞にもうまいとは言えない、つっかえつっかえのつたない歌声。
――下手な歌ね。プロではなさそうだけど……ストリートミュージシャンかなにか?
すると、そこでは、一五、六歳の女の子がいかにもアイドルといったフリフリの衣装を着て唄っているところだった。しかし――。
「なに、あれ……」
ひどい。
ハッキリ言って、ひどい。
よほど緊張していると見えて表情はこわばっているし、歌もつっかえつっかえ。何度も唄いなおしているところを見ると歌詞もまちがえているらしい。振り付けも、本人としては一応、踊っているつもりなのだろうけど、とにかくガチガチに緊張して動きが固いのでダンスなどと呼べる代物ではなくなっている。
まわりからも露骨な失望の声があがっている。
「あ~あ、ひどいもんだな。新進気鋭の
「ほんと、まともに練習してるのかね。いくら、初イベントって言ってもひどすぎるぞ」
「インディーズ事務所で、所属タレントがあいつひとりしかいないらしいからな。強くも言えないんじゃないか?」
――そう言われても仕方ないわよね。
そうは思うものの、さすがにそこまで言われると気の毒になってくる。同情したくもなってくる。
この女の子、名前はころたん。今日が初ステージの新人
――やっぱり、程度っていうものはあるわよね。
アイドルにはまったく興味のない
しかも、よほど小さな事務所らしくスタッフもイベント運営には不慣れなよう。演出もつたないし、手際も悪い。なにより、肝心要の
――あたしが仕切っていたら、もっとマシなイベントにしてみせるのに……!
プロとして、歯がゆくて仕方がない。
「あっ……!」
小さな声が響いた。
ころたんがついに足をもつれさせ、歌の最中に転んでしまったのだ。
「あ~あ」
と、聞こえよがしな失望の声がした。
それを合図とするかのように、人だかりからひとり減り、ふたり減り、ついには
ころたんは哀れにも立ちあがることすらできず、真っ白になった顔に涙を浮かべて呆然としている。その姿を見て――。
――あたしが支えてあげなきゃ!
「がんばれっー!」
全力でそう叫んでいた。
動画のなかでは
「とにかく、健気で、一生懸命で、かわいいの!」
あたしが支えてあげなくちゃと思ったの!
「ライブ後の握手会なんてもう感涙ものだったわ! あたししか客のいないなかで、あたしの差し出した手を両手で押しいただいて涙を流しながら笑ってくれたの! それを見たとき誓ったわ。一生、この子を推す! 誰にも邪魔させない! ってね」
ふんぬ! と、ばかりに胸を張り、そう断言する
もし、この推し活に反対しようものならまちがいなく離婚騒動。
そう確信させる熱意のなか、動画を見終わった
「これは……」
「支えるしかないな」
――ゲッチュ~!
そしてやってきた、一二月二五日。
聖なる夜。
「大変!
「なに⁉ それはいかん。まっていろ、ころたん。我々がいま行くぞ!」
「ええ、もちろん。ころたんのためならたとえ火のなか、水のなか!」
ふたりは掛け声高くマントを翻す。たちまちのうちに真っ赤な衣装のサンタクロースへと姿をかえる。もちろん、お手製の応援うちわも忘れない。
「今日の我々は、ころたんに愛を届けるサンタクロース! 必ずや、我々の手でころたんに松前ソーラーファームを制覇させる!」
「ころたんに届け、あたしたちの恋心!」
そこにいたのはもはや『愛されているのか……』などと悩む女性ではない。全身全霊で恋する推しを見つけたオタクだった。
こうして、恋するふたりのサンタを乗せた車は、ころたんのもとへとかっ飛んでいくのであった。
完
うちの夫、愛想はないが愛はある 藍条森也 @1316826612
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