二章 ……愛されてるの?

 あっという間に一年の月日がたった。

 世はクリスマスシーズン。町のなかはどこもかしこも華やかなイルミネーションで彩られ、恋愛真っ最中のカップルたちが季節を無視して春爛漫の雰囲気を吹き散らしている。

 ――はああ~。さすがに疲れた。

 そんな、どこもかしこも浮かれた雰囲気のクリスマスシーズンの町のなかを、今日香きょうかはひとり、疲れた顔をして歩いていた。つかさへのクリスマスプレゼントを買うために。

 北海道に単身赴任しているつかさのもとに向かい、ふたりでクリスマスを過ごす。

 そのために、一年で最大のイベントとも言えるクリスマスイベントは同僚に任せ、今日香きょうかはクリスマス休暇をとるために各種イベントをこなすために奔走してきた。そのペースはなかなかにハードなもので、マンガ家の年末進行もかくやというほど。いくら、昔から夢見てきた仕事とはいえ、

 ――疲れた!

 という思いはどうしようもない。

 それもこれもすべてはつかさとふたり、クリスマスを過ごすため。でも――。

 ――そこまでして、つかさと過ごす必要があるのかな?

 ふと、そう思う。

 つかさとはなれて暮らすようになってから約十ヶ月。その間、連絡を欠かしたことはないし、月に一、二度はどちらかが相手のもとに向かい、一緒に過ごしてきた。しかし――。

 その間、つかさが寂しそうな様子、あるいは、『久しぶりに会えて嬉しい』という様子を見せたことは一度もない。例によって例のごとく、ただ淡々と、無表情に、無感情に、やるべきことをこなすだけ。

 そのあまりにも事務的な態度に、

 ――本当に愛されてるの?

 という疑問がどうしても湧き出てしまう。

 そもそも、つかさが学生時代、あんなに女にモテていたのに最終的に今日香きょうかひとりになったのは、まさにそれが理由。

 『まちがいなく優良物件だけど、『愛されている』っていう実感がもてない』

 一〇人が一〇人、そう言ってはなれていったのだ。

 今日香きょうかはそれでもいいと思ったからこそ結婚した。

 ――この人は愛情表現が下手なだけ。心のなかではあたしのことを愛してくれている。

 そう思っていたから。しかし――。

 ――毎日、顔を合わせていた頃ならともかく、月に一、二度しか会えなくなっても表情ひとつ動かさないなんて……さすがに、疑っちゃうわ。

 まして、いまはクリスマスシーズン。世の中すべてが浮かれ騒ぎ、カップルというカップルが独り者の苦しみも忘れてハートマークを飛ばしまくっている時期。そんなアツアツラブラブな様子を見ていれば、

 ――あたしも、あんなふうにアツい恋愛をしてみたかった。

 という思いもわき起こってくる。

 つかさがクリスマスなどのイベントをないがしろにしていた、と言うわけではない。その反対。つかさはいつだってクリスマスや誕生日といったイベントはこなしてくれた。ご馳走も作ってくれたし、外食や旅行に誘ってくれたこともある。プレゼントだって欠かしたことはない。でも――。

 すべてがあまりにも事務的。

 恋人だから。

 夫婦だから。

 義務としてイベントをこなしている。

 そんなふうに思えてしまう。

 常にそつなく完璧に演出してくれるけど、生の愛情を感じられない。

 贅沢なのはわかっている。

 わがままだということも承知している。

 つかさは夫としては一〇〇点だ。稼ぎはいいし、共同経営者として家庭経営に参加しているし、浮気の心配もない。ギャンブルにもドラッグにも手を出さない。きっと、子どもができてもきっちりとその役割をこなす完璧パパになることだろう。

 そんな、世の中にめったにいない夫だというのに、こんなことで不満を感じるなんて……。

 そんな自分に嫌気がさす。つかさに悪いと思う。罪悪感に押しつぶされそう。それでも――。

 クリスマスに浮かれるカップルたちを見ているとやはり、心のどこかに隙間を感じる。冷たい風が吹いてくるのがわかる。

 愛されたい。

 愛したい。

 そんな思いがどうしようもなく押しよせてくる。

 ――だからって、つかさと別れるなんて考えられない。つかさは夫としては完璧なんだから。ならいっそのこと、愛情部分は他の誰かで……。

 そう思って――。

 ハッとなった。

 ゾッとした。

 「な、なに考えてるの、あたし! それじゃ完全な浮気じゃない。そんなことしていいいわけないでしょおっ!」

 心に吹いたすきま風。

 頭に差した魔。

 それを振り払うように、今日香きょうかはあえて明るく、大きな声を出した。

 「さ、さあ、明日にはつかさのところに行くんだから! 今日中にプレゼントを選んじゃわないとね!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る