うちの夫、愛想はないが愛はある
藍条森也
一章 夢が叶った!
「おめでとう、
「本当ですか⁉」
「ええ」
と、目の前で
実際には
「これであなたも一人前。来春からはイベントの企画から開催まで一貫して任せることになるからがんばってね」
「はい!」
あまりの勢いとこぼれるような笑顔に、すれちがう人が『なにがあったんだ?』といぶかしむ視線を向けるほど。
しかし、
そんなことはどうでもいい。いまはとにかく一刻も早く自宅アパートに帰って夫の
夫の
とにかく、愛想がない。
本当にない。
なさ過ぎる。
万事において、とにかく事務的。おまけに、見た目通りの理屈っぽさ。それに耐えきれず、まわりの女たちかひとり減り、ふたり減りしていったなか、最後に残ったのが
そして、大学を卒業してすぐに結婚。
それから五年。ついに、ようやく、イベントすべてを任せてもらえる立場にまでのぼりつめた。
――やった、やった! ついに夢にまで見た立場になれたんだわ! これからはあたしの思い通りに自分の望むイベントを実現できる。絶対、やってやる。イベントマスターとして成功してやるんだから。
その思いを胸に、
「ただいまっー!」
明るい叫び、というと奇妙だが、そうとしか言えない喜びいっぱいの大声をあげて、
料理全般と風呂・トイレ・窓の掃除は
夫婦生活における唯一にして最大のルールは『相手の分担には口出しない。文句をつけない』、その一点。お互いにその精神を守ることで、とくに不満もなく家庭経営をつづけている。
「ただいま、
「お帰り、
上着とネクタイを解いただけの姿にエプロンをまとい、料理に精を出している。エプロンは大学時代からの愛用品とのことでなかなかに年季が入ってるのだが、染みひとつないところが
きっちりとセットされた頭髪にメガネ。クールな眼差しのまさに美青年。しかし、
知らずに会えば『日本のアンドロイド技術もここまできたのか』と、素直に感心してしまいそう。それぐらいの態度だった。
「う~ん。良い匂い」
「もうすぐできる。先にシャワーを浴びてくるといい」
「は~い」
と、
シャワーを浴びてさっぱりして戻ってくると、ちょうど料理が出来上がったところだった。
「いただきま~す!」
「ところでさ、
「そうか」
しかし、
今回ばかりは、
「実は、おれからも話がある」
「なに?」
「来春からの北海道支部への転勤が決まった」
「北海道支部⁉」
さすがに驚いて、
「ああ」
オーバーアクションに過ぎる
それはともかく、
「北海道に転勤って……なんで急にそんなことになるのよ⁉」
「おれに言われても困る。決めたのはおれじゃない」
「で、でも……北海道になんて行ったら、あたしはいまの会社を辞めなくちゃならない……」
「そうだな」
「いやだよ! せっかく念願、叶ってイベントを任せてもらえることになったのに、ここでやめるなんて!」
「それはわかる」
「君がどれだけいまの仕事に打ち込んできたか。それはおれもよく知っている。だが、おれだって断るわけにはいかない。ただの転勤ではなく、支部を任されるんだ。入社してわずか五年で支部を任されるなんて異例の大抜擢。それも、部長が熱心に推してくれたおかげらしい。この話を断れば、部長の顔を潰すことになる。将来に差し障りがある上に、居づらくもなる。なにより、そこまでおれを評価してくれた部長を裏切りたくはない」
「そ、それはわかるけど……それじゃ、あたしの夢はどうなるの?」
「その点だが……」
「おれたちはいま、岐路にある。お互いに譲れないものがある。この状況で、おれたちが採れる選択肢は三つ。
ひとつはどちらかが犠牲になってキャリアをあきらめる。
ふたつ目はおれひとりで北海道に向かう。
三つ目は離婚して、それぞれの道を行く……」
「離婚⁉ あたしと離婚したいの⁉」
「選択肢のひとつとしてあげただけだ。離婚したいわけじゃない。まずは、おれからの提案をあげさせてもらいたい。かまわないか?」
「え、ええ……」
「言ったように、おれは君と離婚したくはない。おれにとって君は大切な存在だし、おれなりに愛しているつもりだ。一生、添い遂げたいと思っている」
愛している。
無表情、無感情のアンドロイド的男子からハッキリそう言われて――。
「しかし、同時に、どちらかが相手の犠牲になってキャリアをあきらめることもしたくない。そんなことをすれば、将来に向けて禍根を残すことになる。『あのとき、ああしていれば……』という不満の種を植えることになる。その種が徐々に育って将来、破局につながる危険がある。そんな結末は迎えたくない。
そこで、おれひとりで北海道に向かい、定期的に会うことを提案する。一〇〇年前ならいざ知らず、いまはネットで会話もできるし、飛行機でひとっ飛びの時代だ。子どもができたらできたで利用できるサービスも数多くある。無理がある選択ではないと思う。君はどう思う?」
そうして結局――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます