復讐

 今日もラブホ通いの2人。寒空の下、私はビルとビルの間で、じっと出てくるのを待つ。かじかんだ手を、白息で温める。出てくる気配がない。私以外の人間と楽しい時間を過ごしているなんて許せない。そこに1組のカップルが出てきた。楽しそうに、男の腕に女が抱きついて出てくる。よく見ると、康太だった。私は、二人に立ち塞がる様に前に立つ。


 「康太!」

 

 新宿2丁目のビル群に、鳴り響く自分の声。

 「康太。最近変だと思ったら、こんな奴と会ってたの」

 私の方へ駆け寄る康太。

 「たまたま幼馴染と会ってて、それで––」

 「言い訳しないで、何回もあの人とホテルに入って行くところ見てるんだから。ほら、これ写真」

 喋らないように、言葉責めにする。

 「別れない。あなたが不倫するような人間だなんて、信じたくなかったけど、仕方がないよね」

 「待って。これには理由があって」 

 「理由?」

 「最近、営みする回数増えてきただろ。それは、あの人のおかげで。そもそもあの人は、女性じゃ無くて、男性だから」

 「はあ、何それ。私じゃあ、EDは治らないってこと。男とヤる方がいいってこと。だったら尚更別れよ。前々からあなたには、嫌気がさしてたの。毎晩その萎えチンのために裸になって、気持ちよくないセックスして。最近セックスする回数増えてきたと思ったら、男と寝てる。ふざけんなよ! 私がどんな想いで……。今まで、あなたと」

 嗚呼、だめだ。多少は弁解の余地でも与えよう、と思っていたが、やっぱり許せない。恵はカバンの中から包丁を取り出す。

 「私がこれまで……どんな気持ちで過ごしてたか。返してよ、私の人生!」

 包丁は康太の腹部に刺さり、康太は悶えた。恵は涙を流しながら、無表情で腹部から包丁を抜いた。次は私だ。生きとし生けるもの、何かやるべきことがある、と言うが、私にとって、こいつを地獄に送ることが私の人生にとっての定め。

 「きゃああああ〜」

 甲高い声と共に、周りの野次馬たちが恵みを取り押さえる。

 「離して! あなたのためにAV女優になったのに、意味ないじゃん。もう1人のクソも殺す」

 「おい、言ってるんだ。暴れるな」数人がかりで、恵みを地面に伏せさせる。

 「しっかりして」めいが男の手を握る。


 「め……い……」


 意識が朦朧としている康太が呼んだのは、恵の名前ではなく、めいの名前だった。

 何それ。許せない。死に際に、生涯を約束した女の名前じゃなくて、愛人の名前を呼んだ? そっか。そう言うことか。

 「あゝ、そっか。私のことより、あの阿婆擦れ女のことが好きなんだ。––さよなら」

 恵は口を開けたと思いきや、舌を出し、思いっきり噛んだ。あいつの目の前で、苦しみながら死んでやる。死に悶える姿を、あいつの目に焼き付けてやる。

 「おい。この女舌を噛んだぞ。誰かタオル」

 恵の口からは、止め処ない量の血が垂れ落ちる。

 (もっと……もっと……)

 「ははは」

 舌を噛み切ろうと顔の筋肉を強張らせる恵。口の中が鉄の味でいっぱいになり、鼻からも抜けていく。


 お父さん、お母さん。ごめんね、私を育ててくれたのに、親より先に死ぬなんて。孫も見せられなくてごめんね。でも私は、この人に復讐できました。お父さんと、お母さんは康太と会った時、「いい人と出会ったね」って言ってくれたけど、そうでもなかったです。出会う男性は、嫌な人間ばっかでした。康太は違う、と思っていたけど、やっぱりダメでした。でもなぜか、来世では素敵な人に恵まれる気がします。


 ––お父さん、お母さん。今までありがとう。


 

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クロユリ ゆぐ @i_my

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