第2話 少年アルベール、護衛になる


 ヤバい、死ぬ――

 

 俺は振り下ろされる剣を眺めながらそう頭によぎった。


 ヤバい。


 剣で、斬られる。


 あれ、まだ斬られない?


 これ避けられるんじゃ……?


 俺はひょいっと体を半身にして躱わす。


「ふん、運が良かったらしいな。次はこうはいかないぞ」


 次は水平に剣を振ってきた。

 横切る剣を俺は屈んで避ける。


 今の一撃でようやく気づいた。


 あぁ、攻撃ってこんなに遅いんだ。

 なら男2人くらい軽く始末してやるか。


「お嬢さん、ちょっと下がっときな」


「え……は、はい」


 彼女は俺の言うことを聞き、数歩後ろへ下がった。


「何ガキ1人に手こずってんだ。手ぇ貸すわ」

「ま、待てっ! 俺はこれから組織の幹部になる男、こんなガキ1人に苦戦するわけにいかねぇ」


 そう意気込んだ男は再び俺に迫り、剣を振るうが、ひと擦りもしない。

 だって攻撃が視えるんだもん。


 多分、氣の力だろうな。

 元々体全体に巡らせるのに苦労していたけど、最近は集中せずとも全身を常に駆け巡っている気がするし。

 だからかこの眼はよく視える。


「はぁ……はぁ……くそ。なんで当たんねぇ」


 息も絶え絶えで、疲れを見せ始めた男。


 さて避けるのも飽きたし、攻撃してみようかな。

 そういえば本気で人を殴ったことないけど、一体どうなるんだろ?


 俺は攻める隙を窺った。


 相手の攻撃は不規則。

 しかしその中でも若干の規則性があった。

 上から下へ振りかぶった後、次の攻撃へ転じるのに遅れが発生するのだ。


 狙うならそこ。


 そしてやってきた一筋のチャンス。


「うぉらっ!」

 

 俺は剣を振り切った男の顔面めがけて飛び上がり、フルスイングでぶん殴った。

 変な掛け声とともに。


「うぶ……っ!?」


 俺の拳が相手の肌の奥、骨までめり込みへしゃげる感覚。

 男は大きく飛ばされ、地面に倒れ込んでいる。

 眼球が上転して起きる気配もなさそうだ。


「ガキッ! お前なんなんだよ!」


 残る1人の男は震えた手で剣を握ってそう叫ぶ。

 それにあの男の目、あれは多分俺に怯えているやつだ。

 今の戦いを見て、びびってしまったらしい。


 俺は足元に落ちてあった剣を拾った。


「これ、さっき相手が落としたやつ。剣も使ってみるか」


 えっと、剣に氣を巡らせてっと。


「うわぁぁぁっ! 死ねぇ!」


 男はヤケになったのか、俺に駆け寄ってくる。

 せっかくなので剣の威力も試してみよう。


 俺は男が振り下ろしてきた刃に剣を重ねるように打ち振るった。


 カッ――


 互いの刃が交わった瞬間相手の剣身を吹き飛ばし、宙を舞う刃の破片が地面にカランと落下する。

 

「なっ!?」


「ほぉ、武器も強化できるんだな」


 今まで楽しくてやっていた『体遊び』にこんな活用方法があったとは。

 なんだかもっと色々試したくなったな。


 そんなことを思うと、自然に頬が緩んでくる。


「何笑ってんだよ」


 そう言いながら男は後ずさる。


「いや、戦いって楽しいなって思って」


「じょ、冗談じゃねぇ! こんなヤバいやつがいるなんて聞いてねぇぞ!」


 男は気絶したもう1人の仲間を放って走り去っていった。


「あら、もうちょっと試したかったんだけど」


 ここから逃げるあの人を追うこともできる。

 でもそれじゃただの弱いものいじめだ。

 さすがにそんなつもりは毛頭ないし。


「アルベールッ!」


「うぐぅ……っ!?」


 突然背中に重力を感じた。

 そして首まで回すピンク色の袖口が、その犯人の正体を物語っている。


「お嬢さん、ちょっと降りてくれ」


 別に女の子の1人や2人背負ってもどうってことないが、こんなところでくっつかれるのは恥ずかしい。


「あら、ごめんあそばせ」


 そう言って彼女はひょこっと俺の背から降りた。


「……じゃあお願いは果たしたし、帰っていい?」


「えぇ、これってこのまま護衛になる流れじゃありませんの……?」


 いや、そんな寂しそうな目で見られても困るんだが。


 きっと護衛となったらこの村を出なくちゃいけない。

 そうなったら父さんも母さんも寂しがるだろう。

 もちろん俺も寂しいし。


 だけど今ので分かった。

 俺には戦いの才があるのかもしれない。

 だから護衛になって力を磨きたい気持ちも今は少しだけ芽生えている。

 故に迷いが生じているのだ。


 ガサガサッ――


 その時そばにあった茂みが動徽、人が飛び出してきた。


「では、毎日送迎があればどうですか?」


 大人の男性だ。

 しかしさっきのような人相の悪さはなくどちらかというと爽やかな青年、お兄さんって感じ。

 服も黒のタキシード、おそらく貴族的な立場なのだろう。


「ギルバード!」


 女の子は彼の元へ駆け、勢いよく飛びついた。

 やっぱり関係者だったのか。

 しかもかなり懐いているところ、関係性も良さそう。


「ルシアお嬢様、ご無事で何よりです」


 ギルバードという男性もしっかり彼女を抱き留める。


「来るのが遅いわよ」


「いえ、もう少し早く到着していたのですが、どうも強そうな坊ちゃんがいたものですから」


 ギルバードはニッコリと笑み、ルシアへそう言う。


「……っ!? てことはずっと見ていたのっ!?」


「ええ。危険だと判断すればすぐさま飛び出していましたが、彼、相当強かったので見入っちゃいました」


「もうっ! ギルバードったらひどいわっ!」


 そう言って彼の胸をポコポコ叩くルシアに「はは、すみませんお嬢様」と謝罪しながら彼女を抱き下ろしたギルバートは、ゆっくり俺の元へ歩み寄ってきた。


「えっと、何か?」


 すると彼、ギルバードは俺の前で片膝をつき頭を下げた。


「アルベール様、どうかお嬢様の護衛としてご尽力頂けませんか?」


「……どうしてそこまで?」


 大人がこんな子供に頭を下げるほど。

 この仕事はそれほどまでに重要なことなのだろうか。


「齢8歳にしてその氣のコントロール、特別な訓練でも受けない限り困難。例え受けたとして、大人でも氣をまともに使えるのは1000人に1人……いや、もっとかもしれない。それをこの歳で使いこなすのは、もはや神業なのです」


 カッと手を両手で握られ、熱烈に語られる俺。

 呆気にとられてしまった。


「なる、ほど?」


「それにこの私も氣を使える内の1人です。一度、護衛どうこうは置いておいて……氣の使い方、1から学んでみたくはありませんか?」 


 ギルバードのその言葉を聞いて、俺の中で大きな風が吹き抜けた気がした。


 1から戦いを学ぶ?

 今の俺からすると、これ以上なく心弾む話だ。

 俺はこの力を磨いて、とにかく強くなりたい。


「……分かったよ、ギルバードさん」


 よって、完全に俺の中で断るという選択肢が消え去ったのである。


 そしてルシアとギルバードは手放しで大喜びしてくれた。


「やったわ、ギルバード! アルベールがワタクシの護衛になるのね!」


「えぇお嬢様、彼は国でもっとも強い護衛、『剣聖』になり得る器に違いありません」

 

「あの、勝手に盛り上がってるとこ悪いんだけど、俺はまだ父さん母さんからは離れたくないよ?」


 完全に舞い上がっている2人に俺は一応釘を刺しておく。


「アルベール様、それはもちろんでございます。毎日朝に迎えの馬車を用意させます。そして帰りは夕暮れまでしっかりお届けする。あなた様が自立されるまではこの形を崩しませんし、我が国にある教育機関への推薦状も準備させて頂きますので、費用負担なしで学院へ通えるよう手筈も整えますゆえご心配なく」


「え、いやそこまでは……なんか悪い気が」


「そんなことありません!! さぁアルベール様、さっそくご自宅へ。お父様、お母様にご挨拶させてください!」


「アルベールのお家行くの? みてみたいですわ!」


 そう言ってギルバードは俺の手を引き、ルシアは俺の背中を押す。


「いや、俺の家そっちじゃないけど」


「ではどっちですか!? ぜご案内をっ!」


「えっと、こっちです」


 あまりの熱に根負けした俺は、渋々2人を自宅へ案内するハメになったのである。



ちなみにルシア、彼女の【予知能力】を求める組織も多く、今回狙われたのはその内の一つだそう。

しっかり城内に居てくれたらいいものの、今日は起きて早々「アルベールに会いに行くわっ!」そう言って城を飛び出したらしい。



まったくこんなおてんばお嬢様をこれから護衛しなければいけないかもしれない、そう思うとすごく憂鬱に感じるのだった。



 ◇




 それから30年後。



 ルシア王女の住む城内の裏庭で、俺は仰向けに寝転んで日光を浴びる。

 ここがこの国で1番好きな場所だから、休暇日には決まって一度は訪れるのだ。 


「アルベール様、またここにいらっしゃるのですか!」


 聞き覚えのある声に小刻みな足音。

 彼は天を仰ぐ俺の顔をひょいっと覗いてきた。


「ギルバードくん、剣聖にだってお休みは必要なんだぜぇ」


 俺の軽口にギルバードはため息を吐く。


「アルベール様、それ昨日も一昨日も仰ってましたよ」


「あれ、そうだっけ?」


「そうですよ。今日こそは新人兵士への氣のコントロール指南、お願いできませんか?」


 まただ。

 ここのところよくお願いされる。

 めんどくさいから嫌なんだよね。


 ……とは言ったものの、ギルバードは側近としていつも俺によくしてくれている。

 たまには1つ2つのお願いくらい、聞いてもいいか。


 そう思って俺っはひょこっと体を起こす。


「……仕方ねぇ、今日だけな」


「アルベール様ぁ……っ!」


 ギルバードは潤ませた瞳で感嘆の声をあげる。

 氣の指導くらいでこんなに喜んでくれるなら、いつでもしてあげたくなるな。


「さ、アルベール様! 演習場はこちらです!」


 俺はギルバードに案内されるがまま、演習場へ向かったのだった。 



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2話までご愛読ありがとうございます😊

短編の続編である『かつて最強だったおっさん剣聖、魔法に敗れて異世界転生〜剣術だけじゃ生き残れなかったので、今世は魔法も極めます〜』もどうぞ、ご興味あればお楽しみくださると幸いです🙇

⬇️


https://kakuyomu.jp/works/16818093089091411204


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辺境の村に住む少年、類稀なる「氣」の力で剣聖に成り上がってしまう 甲賀流 @kouga0208

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