くだらないトンネル

藍染 迅@「🍚🥢飯屋」コミカライズ進行中

くだらないトンネル

「こんな動画で100万再生って、おかしいだろ!」


 友崎はスマホの画面を見ながら悪態をついた。


 友崎は自称ノンスター。SNS「ノンスタグラム」上の動画配信者だ。

 実際はほとんど再生数がないため、収入にならない。


「くそっ! こんなの知り合いが見てるだけだろうが!」


 自尊心が強くて自己中の友崎には友だちがいない。再生数が伸びないのはそのせいだと友崎は思っていた。

 自分なら動画配信で億単位の年収を稼げるはずだと、本気で信じている。


「企画だ! 一発当たる企画を載せれば、バズるはずだ」


 友崎は「急上昇」ジャンルに括られた動画を流し見て、流行りの傾向を探した。


「おっ? 心霊スポットから真夜中の生配信? いいじゃん。こんなの簡単だし」


 友崎は迷信の類を信じない。心霊現象などすべて気の迷いだと思っていた。

 友崎は心霊スポットと名高い山奥のトンネルから生配信を行うことにした。幸い場所に心当たりがある。


「ここからバイクで1時間半。夕飯を食ってから出ても余裕だな」


 友崎のバイクが現場のトンネルに到着したのは23時半を過ぎた時間だった。


 ライトを当ててみると、入り口に「平坂トンネル」と書かれた看板がかかっていた。半ば壊れかけて傾いている。


「いいね。雰囲気あるじゃん」


 友崎はスマホの電源を入れ、生配信を始めた。


「はーい。孤高のノンスター、トミーでぇーす!」


 ハイテンションでスマホに語りかけ、友崎はトンネルを映し出した。


「えー、いまオレちんは有名な心霊スポットに来ていまぁす!」


 友崎はライトをトンネルの中に向けた。


「見えるかなぁー? ここは『くだらないトンネル』って呼ばれてるんだぜ。あははは。くだらないって笑えるよなぁ?」


 友崎は自撮りに切り替え、汚い歯をむき出しにして笑った。


「どっち側から入っても上り坂が続くんだって。本当かどうか、いまからオレちんがトンネルに入って確かめてみまぁーす!」


 続いて友崎はリュックから小さな花束を取り出した。


「見えるー? これは何でしょう? 実はこのトンネル、1年前の多重交通事故の現場だったんだよねぇー」


 これは事実だった。救助車両の到着に時間がかかったため、8人の命が失われている。


「いまからぁ、事故現場まで歩いてお花を上げようと思いまぁす。地縛霊の人とかがいたらインタビューするんで、お楽しみにぃー!」


 下卑た笑みに頬をひきつらせながら、友崎はトンネルの中に足を踏み入れた。


 トンネルの内部は空気が湿っていた。足元にぬるぬると滑る場所がある。


「みんな、感じるぅ―? 霊的なアレがビンビン来るよぉ!」


 トンネルには人通りがなかった。自動車の往来もない。

 ときおり風に乗って生臭い匂いが漂ってくる。


 10分歩いた所で歩道に変化が生じた。

 トンネルの壁際にしおれた花束が置かれていた。お菓子や飲料、おもちゃなどもある。


 歩道のその場所だけ、色が抜け落ちたように見えた。


「見てくれー! 誰か死んだでしょう、これ? やっべぇー!」


 不謹慎に騒ぎつつも、友崎は花束を供えた。


「さて、オレちんがみんなを代表してお祈りを――」

「一緒に拝ませてもらっていいですか?」

「うわっ!」


 突然背後から声がした。

 そこには二十歳くらいの女性が立っていた。


「な、なに……?」

「驚かせてごめんなさい。配信を見てきました」

「えっ? ひょっとしてオレちんのファン?」


 短い祈りをささげた後、女性は友崎に提案をした。


「反対側の出口まで一緒に歩きません? 本当に『くだらないトンネル』なのか確かめましょうよ」

「それな! 途中でお化け的なものが出るかもしれないしね? いいじゃん!」


 友崎は女性の後を歩き始めた。


「実はわたしの父もあの事故で死んだの」


 女性は前を向いたまま、友崎に語りかけた。


「事故の原因は無謀な蛇行運転をした1台のバイク。結局、運転者は見つからなかった。それが心残りで――」


 低い声がトンネルの壁に反響する。ぴちゃりとどこかで水音がした。


「あなたには感謝してるわ。配信でこの場所を取り上げてくれて」

「ま、まあオレちんてばヒーロー的な感じじゃん? 怖いものなしでぇーす!」


 友崎の虚勢は湿った風に運ばれて消えた。


「しかも、あの時のバイクで来てくれるなんて。これでやっと父の所にいける」

「えっ? 何を――」


 スマホの画面に目を落とすと、女性に向けたレンズにはトンネルしか映っていなかった。

 視聴者のコメントが画面を流れていく――。


『誰と話してるの?』

『誰かいるの?』

『独り言?』

 ……


「この坂、上りじゃなくて下りでしょ? ここは黄泉平坂よもつひらさか。あの世への坂が通じたわ」

「うわぁーっ!」


 パニックを起こした友崎は、踵を返して元来た道を走り出した。


「無駄よ。そっちに行っても坂は下るの。――出口なんてないのよ」


 ◇


 トンネルの入り口。掲げられた「平坂トンネル」の看板。

 その看板がぽたりと地面に落ちた――。<了>

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