運命の分岐点

ハムえっぐ

運命の分岐点


 無数の星が渦巻く巨大な球体の内部に、あなたは一人立っている。


 何かがあなたに語りかけてきた。


 影のような存在は、背丈が高く、その輪郭は常に曖昧だった。


 しかし、その眼は、無数の星のように輝き、あなたの魂を見透かすかのような鋭さで見つめてくる。

 その声は、まるで宇宙の深淵から聞こえてくるかのような、低く、甘い響きだった。


 *** 


 薄暗い空間の中、星のような光が浮かび上がっているでしょう?


 星々は様々な色に輝き、まるで生きた宝石のよう。

 その輝きは、あなたの肌を温かく包み込みながら、冷たく鋭い風を運んでくるの。

 

 微かに甘い香りが漂い、どこか懐かしいような、そして未知なるような感覚にあなたは襲われる。

 

 無数の星々が、まるで生きているかのように脈打ち、ゆっくりと色を変えるのを見てみて?

 青白い光が紫へと、そして深い赤へと移り変わる様は、まるで宇宙の鼓動を目の当たりにしているかのようね。

 

 静けさの中に耳を澄ませば、わずかな風の音が、まるで記憶の囁やきのように響くわ。

 

 冷気は肌を刺すようでいて、不思議と心地いいわよね。

 それは幼い頃に触れた初雪の感触を思い起こさせるのよ。

 風の音は、遠くの銀河から届く歌のように、耳元でかすかに響き続けるわ。


 ようこそ、ここは運命の分岐点を司る場所。

 難しく考えないで。あなたはただ選択をすればいいの。


 選択するのはただ一つ。

 今のあなたと別世界のあなた、この二つの分岐する地点を振り返り、最後にどちらを選ぶかだけ。


 簡単でしょう?

 例えば受験をするかしないか。

 あの人に告白するかしないか。

 あの人と結婚するかしないか。

 あの会社に就職するかしないか。

 ということね。


 選んだ後、選ばなかった人生がどうなるのかを教えてあげる。

 だから今の人生を選んだら、あなたはここにいた記憶を忘れて今まで通りの日常に戻るだけ。

 ね?これなら簡単でしょう?


 うふふ、凍えるような空気が肺に広がり、過去の選択をじわじわと思い出す感覚?面白い表現ね。


 私の声には、どこか意地悪なニュアンスが感じられる?


 そうね、私の声音は蜜のように甘く、しかし同時に毒も孕んでいるのよ。


 あらあら、あなたは選択の重圧に怯えながらも、期待と不安が入り混じっているようね。

 選択しなければならないという責任が、あなたの胸を締め付けているのかしら。

 

 心の中で本当に可能なのかと自問自答して、その先に待つ可能性に胸が高鳴るのを感じているのね。


 受験の単語で、あの日の答案用紙に向かう緊張の瞬間が蘇った?

 受験しなかった場合、あなたは今頃異なる友人たちと過ごしていたのかもしれないわ。

 または、孤独に過ごす別のあなたがいたのかもしれないわね。


 仕方がないわ、あなたの前のお客様の結果を教えてあげる。

 ある男が、告白を選んだことで彼の愛は叶い、一緒に家庭を築くことになったの。

 その日常の中には、子どもたちの笑い声が響き、暖かな食卓が囲まれていた。

 しかし、もう一方の彼は、その機会を逃し、孤独の道を歩んでしまった。


 どっちを選んだかって?

 男は、家庭を持った世界から、孤独の道を歩む選択をしたわ。

 うふふ、何故って言われても私にはわからないわ。

 でも、男が選ばなかった世界では、彼は保険金目当てで妻に殺されたの。 

 

 あらあら、この段階でそんなに悩むなんて、未来のあなたからしたら、今が運命の分岐点になるかもしれないわね。


 では、こうしましょう。

 少し、私の仕事を手伝ってくれるかしら?

 他の人の選択を見れるなんて、あなた、凄く幸運なのよ。


 早速、あなたの次のお客様が来たわ。

 案内してあげて。


 ほら、困惑しているわよ。

 私が説明したように、あなたもこの人に説明してみて。

 大丈夫、あなたが私を上手く認識できないように、その人もあなたを認識できないから。


 そう、上手よ。

 あらあら、その人ノリノリみたいね。


 では分岐点と別の人生を覗いてみましょう。


 どうやら殺人を犯して刑務所に入っているみたい。

 分岐点は殺すか殺さないかのようね。


 当然、刑務所に入らない今の自分の人生を選ぶはず?

 さあ、どうかしら?


 ほら、殺す選択肢を選んだわ。


 驚いた?どうして?

 人を殺すのはいけないことなの?

 殺さずに生きてきた人生が偉いの?


 説得しちゃってバカみたいね。


 約束通り、今後のその人の人生を教えてあげるわ。

 低賃金で働き続け、何も良いことなんて起きずに孤独死するわ。


 教えてくれてありがとう、って感謝されたわね。


 じゃあ、その人を分岐点まで運ぶわ。

 刑務所に入らない人生より、穏やかな日々を送れそうね。


 ふふ、一仕事終わったわね、お疲れ様。


 特別に教えてあげる。

 殺人を選んだ男は、刑務所の鉄格子越しに見る空が、かつてないほど青く美しく感じられるようになるの。

 そして彼は、自由を奪われた中で初めて、本当の自由を見出すのよ。


 え?帰りたい。

 そう……それがあなたの選択なのね。

 残念だけど仕方がないわ。


 そうそう、ここで分岐点に戻る選択をしたあなたについて教えておこうかしら。


 素晴らしい人生を送って、栄光に包まれた死を迎えたわ。


 ふふふ、もう選べないから悔しがっても駄目よ。


 それじゃ、もう二度と会うことはないから、あなたはあなたの人生を頑張ってね。


 ***


 ……クス。ここにいた記憶を失くしたあなたは暢気に歩いているわ。

 先程あなたが願いを叶え、人を殺すために分岐点に戻った男があなたの背後へナイフを持って突進しているわよ。


 背後から迫る足音に、あなたの心臓は高まる。

 振り返らずにはいられない。

 けれど、振り向いた時、あなたが見るのは果たしてあなたの未来なのか、絶望的な運命なのか。


 さあて、その後どうなったのかしらね?


 私には関係ないこと。


 さて、次のお客様を相手しないと。


 ようこそ、ここは運命の分岐点を司る場所。

 難しく考えないで。あなたはただ選択をすればいいの。


 完

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